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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第95話 金木犀(その3)】 

 押上の女主(おんなあるじ)の志津が外出することは少なくなっていた。その志津が近くの中之郷元町の屋敷に出かける話は、お玉と接することの多い年寄りの八木文と近藤綾へと伝わった。
年寄りも又、出かけることが少ないのと、最近話しによく出てくるようになった中之郷元町の屋敷を見てみたいと思う心が燃え上がった。
しかし、問題が在った。それは二人が十軒店の三番店の味噌・醤油屋の店番をしていたのだ。
誰かに店番をしてもらわねばと考えたが、二人にとって義娘である紗江は離れた七番店の雑貨屋の店番をしていて代わりを頼めなかった。
出かけるのは一人にしようかと話し合いを始めたところに、お琴がやって来た。
「綾様、文様。お出かけしたいそうですね。私が店番しますので行って来て下さい」
「誰に聞かれたのですか」
「お玉に決まっているでしょう。お玉も行きたいのですよ。付き添いお願いします」
「賢い子ですね」
「はい。前掛けを貸して下さい」

 暫くして表口から、着流しの兵庫、地味な装いに埃避けの角隠しを被った志津、千丸を抱いたお松、そして当初予定していなかったお玉、綾、文が出て来た。
店に立つもの、また綾と文の子となる近藤小六とその妻・紗江は店の外に出て見送った。
のんびり歩く列の殿(しんがり)が十軒店の端、茶店に差し掛かると、保安方の常吉が最後尾に着いた。
悪党でも、兵庫を知る者は悪さをしないが、歩くのは亀戸天神とつながる道で、よそ者も多く用心に越したことは無かった。
 その最後尾が未だ十軒店から見える内に、駒形から押上に向かい駆けてくる男の子たちと会い、そこで暫く停滞した。
のんびりとした歩みだが、これ以降は止まることなく一行は町の者が見守る中、門が開け放たれた彦四郎屋敷に着いた。
これまでに志津は瓦町の通りを歩いて駒形との行き来をしてきた。表門の元町の通りの者が志津を見るのは初めてである。
志津の美しさは地味な物を着させても、角隠しを被っても隠しきれない。
履物屋の親父が、最後尾を歩く常吉に、
「鐘巻様の奥様ですか」と尋ね、常吉が頷くと、店に入り
「なみじ」と大声で呼んだ。出てきた女が、
「何? 玉三郎さん」と、亭主をさん付けで呼ぶ女は艶めかしかった。
「鐘巻様の奥様だ。別嬪だぞ。見て来い」
「私(あたし)よりかい」
「自分で決めろ」
「そんなに・・・」
なみじと呼ばれた女は下駄をつっかけると、店の外に出て志津を追い門内に入って行った。
彦四郎屋敷は町との交流を図るために、朝五つ(8時)から夕七つ(4時)まで表・裏の門を開け邸内を通り抜けられるようにしたのだ。
兵庫が板木を二度打った。
出てきた彦四郎の妻・雅代は兵庫夫妻の急な訪れに驚いて見せた。
「今日は、坂崎様にお願いに参ったのです。それとこちらの屋敷も人が増えましたので賄いの手助けを考えております。お松に台所を見せてあげて下さい」
「分かりました。坂崎様の御用が終わりましたらお寄りください」
「そうさせていただきます」

 お松から千丸を受け取った兵庫が志津を坂崎が住まいする離れに連れて行こうと振り返ると女が立っていた。
「あなたは履物屋の・・・」
「玉三郎の妻、なみじと申します。つい金木犀の香に誘われて・・・折角ですから、子宝地蔵にお参りして戻ります」
「良いお子が授かりますように、お祈り申し上げます」
「奥様、有り難うございます」と後退りしながら地蔵の案内が立つ道へと入って行った。
「旦那様、地蔵様のご利益に子宝も加えたのですか」
「先日見た時は在りませんでしたが、悪くはありませんね」
「お地蔵さんは後にして、坂崎さんの離れまでお願いします」
屋敷に面した庭への出入り口は玄関脇に新しい簡易な木戸が設けられていた。
木戸を抜けた兵庫は、常吉に、
「皆さんを案内して下さい。私たちは坂崎さんの所に行き、用を済ませます」
 数間一緒に歩いたが、道が分かれたところで常吉は金色の花を咲かせ始めた金木犀を見に分かれていった。

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Posted on 2017/03/06 Mon. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学