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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第95話 金木犀(その4)】 

 離れは母屋の北側に二軒在る。その一つに導く敷石を踏みながら戸口に近づいた。
開かれていた戸口から兵庫が首を突っ込むと、足音で分かって居たのか、土間から上がった炉を切ってある板の間に座り藁仕事をしていた坂崎が
「いらっしゃい。あっ奥様も」の声を上げた。
「お願いが在って参りました」
それで、明るい部屋で針仕事でもしていたのか、坂崎の妻・稲も姿を見せた。
「どうぞお上がりください」
 奥の座敷に上がり茶をのんだところで、兵庫が、
「ご存知のことですが来春に板橋の相川家と岡部家に養女として行く、お松とお竹のことでお願いに参りました」
「出来ることは何でも致しますのでどうぞ、お話しください」
「有り難うございます。二人をこちらで預かって欲しいのです」と本題を兵庫が言うと、続いて志津が、
「二人は今年の四月に岡部様に連れて来られて以来、自立に向けて努力してきました。一通りのことは出来るようになりましたので少し早いかもしれませんが、ここで独立させ、出来ること、出来ないことを確かめさせ、覚えさせ、板橋に送り出したいと思って居るのです。預かって頂けますか」
「預かること自体は喜んでさせて貰いますが、私どもで二人のために何ができるのでしょうか」
「二人にはこの屋敷全体を一家として働いて貰いますので、このあと中川様にもお話しします。この屋敷が自立した運営力を高めるために二人が居る今年中に、二人の知識と技能を引き継いで貰うお願いをします。先ずはこの屋敷内の日々の賄い仕事からさせようと思って居ます。大人数でこれからさらに増えるでしょうから二人では手が足りません。盛り付け、皿洗いなど手伝えることは皆ですることで、料理をする時間を与えて欲しいのです。結果、美味しい食事を頂けるわけですから」
「預かる以上は二人の親代わりとして、嫁に行く娘の気持ちになり、手助けさせて貰います」
「それではこれから中川様に、娘二人が働き易くなるようにお願いして参ります」

 暫くして、母屋に移った兵庫と志津は中川彦四郎、雅代夫妻と膝を交えていた。
「話しは分かりました。先ずは大人数の賄いが出来る設備の有無を確かめて貰い、足らないものが在れば用意します」
「また料理するには色々と準備が必要です。薪や炭、水を台所に運ぶのは男の仕事にして下さい。押上ではそのようにして居ます」
「それは分かって居ます」
「次が肝心なことですが、お松とお竹が居る間に跡継ぎを一人でも育てないといけません。その跡継ぎの人選をして下さい」
「そう言われても、女は居ませんよ」
「私が料理を習った店の板長は男でしたよ」と志津がいった。
「あのガサツな男に料理を任せるのですか」
「はい、ただし弥一さんはお松とお竹の代わりに十軒店の店番をお願いすることに成ります」
「それにしても、勇んで剣術の道具を買いに行った男たちが戻ったら、朝稽古の代わりに料理の修行をしろとは言い辛いですね」
「そう思われるかもしれませんが、料理も存外面白いものですよ。それと道場は午後の方が空いて居ますから稽古は幾らでも出来ますよ」
「分かりました。因果を含めます」
「力は歳と共に衰えるものですが、技は容易には衰えません。将来のためですよ」
「分かりました。今日はお松が来て居るそうですが、屋敷の準備状況を聞きますか」
「そうですね」
雅代がお松を呼びに行き、連れ戻って来た。
「お松どうでしたか」
「竃(へっつい)は在りますが一度使ってみないと。七輪の数が足りません。鍋は在りましたが大釜がありません。もう少し大きい水瓶(みずがめ)が無いと、他に洗い桶や手桶も、茶碗や皿、折敷・・」
「分かりました。今日は、お松とお竹のことを頼みに来たのです。養女として板橋に行く前にここで、大人数の賄いが出来るように成って貰いたいのです。この屋敷に三十人が集まった時のことを考え、お竹とも相談して不足しているものを買い足しなさい」
「はい、母上様」
 お松とお竹のことを坂崎と中川に頼んだ兵庫は、やって来た年寄りをつれて一旦押上に戻った。

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Posted on 2017/03/07 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学