02 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 04

洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カレンダー

【鐘巻兵庫 第95話 金木犀(その5)】 

 昼少し前に、彦四郎屋敷の男たちが買い求めたばかりの剣術道具を持ってやってきた。
その嬉しそうな顔に兵庫が、
「弥一さんは今日の午後より、押上勤務にしますので、彦四郎屋敷での食事は今日の昼が最後です。仁吉さんを除く四人はお松とお竹より賄い仕事の指導を屋敷で受けて貰います。このことは中川殿からも言われるはずです。養育所に残るためにも、将来自立するためにも何か手に職を付けてもらうためです。それでは剣術の道具を道場口の部屋に納め、全員で台所へ行ってください」
云われるままに六人は剣術の道具を、道場口の部屋に納めると直ぐに、台所に行き屋敷に持ち帰る昼飯を手分けし、更にお松とお竹が十軒店の雑貨屋で買い求めた賄い用の荷物を大八車に乗せ戻って行った。

 押上養育所の広間、昼飯の席には多くの子供たちが集まっていた。そして子供たちの目は志津の脇に座るお松とお竹に注がれていた。
「食べる前に、お松とお竹のことで、皆さんへ知らせることが在りますので聞いてください。二人は来年春に養育所を出て板橋に養女として出て行くことが決まって居ます。養女となると新しい父母の元で多くのことを一人でやらねばならなくなります。それは数年後、嫁ぐ日のために必要なことです。不安を少しでも減らすために今日の午後から中之郷元町の屋敷に移り坂崎ご夫妻と暮らしながら、ここでは出来なかったことを学んで貰います。二人とはまだ別れるわけではありませんが、会う機会が減りますので、ここで挨拶して貰います」
 兵庫に促されてお松が少し頭を下げ、そして頭を上げ、子供たちと目を合わせた。
「私は今年の四月二十三日にお竹さんとここに入りました。その時私は十四歳で竹が十三歳で子供の中で一番年長でした。しかし、知らないこと、出来ないことが沢山在りました。そんな私たちに皆は親切でした。お蔭で分からないことを聞くことも出来、覚え出来るようになりました。皆様に感謝致します。あまりしゃべると竹ちゃんが話したいことが無くなりますので、竹ちゃんに譲ります」
「お松姉様が申されましたように、皆様に助けられました。有り難うございました。お屋敷に移ると買い物を任されることも在ると思います。その時は十軒店に行きますので、出来ればお店の前で遊んでいて貰えれば会えるので嬉しいです。それと近いので午後の自由な時間に保安方にお願いして遊びに来て、私たちがどんなことをしているのか見て下さい。
待って居ます」
と二人は頭を下げた。

 養育所に居る子にとって養育所を出て行く日が必ず来る。それも遠からずと思って居るから、お松やお竹のことは他人事とは思えない。それが口数を少なくしたようだった。
「皆がしっかり学び、身体を鍛えておけば、ここを出て行く時は晴れがましい思いに成ります。約束しますので頑張りなさい。それともう一つ話が有ります。八月の始めに仲間に成った佐助等十人ですが、ひと月が経ちました。これまで一分特別授業を受けて貰いましたが、もう誰と話しても恥ずかしくないそうです。ですから特別授業は今日で終わりにし、皆と同じ行動をして下さい。それでは、頂きます」
「頂きます」

 食後、子供たちは自由に過ごすことに成る。男の子たちは道場が在る内庭や、外に出て北十間川の土手で遊び始めた。
ただ女の子は、お松とお竹が私物を二つの柳行李に分けて納めていくのを見ていた。ひと月前にここに来た時も捨てられずに持って来た物が在った。それらは捨てられずに洗濯され、汚れを取られ、辛い記憶と共に、ここに来てから与えられた物の脇に納められた。
そこに、志津がやってきて、皆、外出着に着替えなさい。
女の子の顔に気色が浮かび、それぞれの部屋へと消えていった。

 一方昼前に賄い道具を乗せ、彦四郎屋敷に運んだ大八車を弥一が牽き戻って来た。
ご飯やおかずを運んだ御鉢や鍋を茶店に下ろしていると、
「弥一さん」と呼ぶ女の声が聞こえた。
お松とお竹がこれまで店番をしていた乾物屋から、お琴が首を出していた。
弥一は、大八車を常吉に預けると、乾物屋へと走って行った。
大八を受け取った常吉は、茶店に置かれていた米俵を積んだ。
暫くして、鬼吉と乙次郎がお松とお竹の私物が入った柳行李を乗せていった。
あとはお松とお竹が出てくるのを待つだけに成った。

 ←ボタンを押して頂けると、励みになります

Posted on 2017/03/08 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学