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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第95話 金木犀(その6)】 

 十軒店の表口から先ず出てきたのは千丸を抱く兵庫・志津夫妻で、お松とお竹が続いた。
更にいつもより着飾った女の子たちが出てきて、十軒店の端の茶店まで移動していった。
この様子が男の子達の目を引いたのは、ただの見送りではないと感じたからだ。
最初に出て来た四人は十軒店に一軒一軒寄り志津が事情を云い、お松とお竹がこれまでの礼を述べ、別れを告げていった。
 全ての挨拶が終わると、兵庫を先頭に志津、そしてお松とお竹が続き中之郷元町の屋敷に向かい歩き始めた。
だが、その後にお松やお竹を見送るものと思われていた幼いお玉と猪瀬阿佐から預かって居る鈴と多美、更に小夜と千夏と子供が続き、その後にお松やお竹の荷を積んだ大八を牽き押しする乙次郎と常吉と続いたのだ。

 これを見た大助が、
「私も行きたい」と云うと、それに倣って
「行きたい」の声が、残された男の子から上がり、見送っていた鬼吉を取り囲んだ。
「私は十軒店を見なければならない。ここから見える間に兄さんに追いつき連れて行って貰いなさい」と鬼吉が云い終えた時には、子供たちは駆けだしていた。
 養育所の決まり事だが、子供たちは勝手に外出は出来ない。以前は家の外にさえ出られない時期もあったが、現在、押上では保安方の目の届く範囲までなら養育所から離れることが許されるようになった。また保安方と一緒なら外出の制限はない。
 先発で出た兵庫等には幼い五歳の多美が居るから追いつくのは簡単であった。
追いついたことを知らせるためか、男の子たちが振り返り、手を振った。
鬼吉はそれに手を振って返した。

 整然と列を組んだ一行が中之郷元町の通りに入って来ると、それを見るために店先に顔を出す者が増え、通り過ぎる一行を見送り彦四郎屋敷に入って行くのを見届けると店の中に姿を消したが、門前で履物屋を営む玉三郎と妻のなみじは、開け放たれている門内を見続けていた。
「どうしたら、あんなに綺麗に成れるんだろうね」
「ああ、どうしてあのごつい鐘巻様はあんな綺麗な女を嫁に出来たんだろうね」
「解んないのかい。あの金木犀の奥さんが鐘巻様の男に惚れたんだよ」
「それじゃ、お前は俺のどこに惚れたんだい」
「馬鹿言うんじゃないよ。あんたが私に惚れたんじゃないかい」
「そうだったか?」
「それにしても、本当にあんなに多くの子の世話をしているんだね。お地蔵様にお参りをしてくるよ」
「小銭を持っていきなさい」
 なみじが門内に入ると、志津の話が聞こえて来た。
「今日はお松とお竹に十六人分の夕食として、ご飯と汁を作ってもらいます。その手助けをしてもらいますので、二人の云うことを聞き働いてください。私とお玉は奥で太白先生と又四郎殿に絵を描いて頂くことに成って居ます。それでは頼みますよ」
志津とお玉と連れて来た鈴と多美が玄関から上がり奥へと姿を消すと、お松が、
「女の子はここから上がって台所で什器をいつでも使えるように整えて下さい。男の子は勝手口に回って下さい。そこで皆さんに頼みます。先生には千丸ちゃんをお願いします」と持っていた風呂敷包を兵庫に渡した。
 そして子供たちが去り、玄関先には押上から来た大人と屋敷の庭番方の大人が残った。
「私はここに残り玄関先を守ります。庭番方から二人ほどと保安方で、お松とお竹の荷物を離れの坂崎家に、米俵などは台所に運んで下さい。力仕事なども手伝ってあげて下さい」と兵庫が支持すると男たちは動き、千丸を抱いた兵庫だけが残された。
 兵庫が表門の出入りに目を配ると、なみじと目が合い、なみじがやって来た。
「鐘巻様、赤ちゃんを抱かせて下さい」
「どうぞ」と千丸をなみじの腕の中に沈めた。
それを店先で見ていた玉三郎が急ぎ足でやって来て
「私にも抱かせてくれ」と千丸を受け取り
「赤子とは良いものだな。名前は」
「千丸です。中川家の赤子は百丸ですよ」
「それでは、我が子が出来たら十丸にでもしましょう」
と云い兵庫に戻した。
そして、玉三郎となみじは二人そろって通り抜けの道に消えていった。
そこには二人が子宝地蔵と崇める地蔵が祭られて居るのだ。

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Posted on 2017/03/09 Thu. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学