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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第95話 金木犀(その9)】 

 客と主夫妻が玄関先に顔を見せると、庭番頭の仁吉がやって来た。
「仁吉、五つに門を閉めたら、ここに皆を集めてくれ。話をする」
「分かりました」
 彦四郎は北村栄らを子供たちの声が聞こえてくる方向へ案内していった。
母屋の長廊下前の庭、奥行きは四・五間ほどでその先は木・石を愛でる小道のある庭となり網代の塀で囲われ、塀の外は高木しか見えないが、表門と裏門を結ぶ道や、屋敷の暮らしを維持するために建てられた納屋やなどが在る。
 子供たちが遊ぶ廊下前の庭に植えられて居る唯一の木が枝を広げる金木犀で一周する、飛び石が敷かれていた。
 鬼役の兵庫はその庭に赤子を抱き屈み、目を瞑っていた
「・・・後ろの正面だーれ」
「長七郎」
「また外れた」
最初は女だけで始められたが、志津の
「男の子も入りなさい」の一言で兵庫を囲う輪は大きく成って居たのだ。
そこにやって来る人を見た子供たちが、
「北村様だ」「友蔵さんだ」「おたきさんだ」の声を上げた。
兵庫は立ち上がり、やって来た大人に
「皆さんも子供たちと遊んでください。鬼は・・北村様にお願いします」
「私に・・名前も知らない私にですか」
「知って居る私でも、当てられませんでしたから、気になさらずに鬼をやってください」
「そういう事でしたら、折角ですから、鬼を・・」
こうして、老若男女が北村栄を囲んで“かごめかごめ”を始めた。
「・・・後ろの正面だーれ」と歌い終わるたびに
「中川様」「雅代様」「志津さま」と知って居る名を呼んだが外れ・・
「やはり当たりません。どうしましょう?」
「お玉ならどうしますか?」と志津が尋ねた。
「お玉は・・出来ないことは出来るまで毎日、お稽古をしました。北村様も毎日お玉らと遊べば上手に成るよ、きっと」
「毎日・・・お玉ちゃんは毎日私と遊んでくれるの?」
「お玉は遊ぶのが大好き。遠くまで歩けるようにもなったのも遊んだからだよ。お玉は押上に済んでいるから遊びに来てね」
「そうね、行きます」と軽い気持ちで応えた。
「じゃ~指切りげんまん」とお玉は小さな手の小指を栄に向かって差し上げた。
栄はお玉との指切りを拒めなかった。
「指切りげんまん 嘘ついたら針千本のーます」

 兵庫の所に寄って来た彦四郎が、肘で兵庫の脇腹を突いて、
「あのような手が在るとはわしには思いつきません」と云った。
彦四郎は栄が里に戻り苦労するのを止めたかったが、良い思案がなかった。
それをお玉が栄に毎日遊ぶ約束をさせたのだ。それは里に帰っては出来ないから、彦四郎が養育所の願いとして栄に里に帰らずに養育所に来るように頼みやすくなったのだ。
「今のは、私がさせたことではない。子供たちが北村殿を受け入れただけだ」
「本当ですか」
「残念ながら本当です」
 陽の傾きを気にし始めたお松を見た志津が、
「そろそろ押上に戻らねばなりません。男の子は鬼吉さんが来るのをここで待ちなさい。皆さま、お松にお竹のこと宜しくお願い致します」
そう云うと志津は一人一人男の子たちの手を握り、頭を撫でるなどいつもの別れの挨拶を交わしていった。
「それでは失礼します」

 千丸を抱く兵庫が中庭から出て行くと常吉が待って居た。
「先生、乙次郎は先に戻しました」
玄関先には押上に戻る兵庫・志津夫妻を見送るために、太白や又四郎まで出ていた。
「又四郎、絵の仕上げが終わったら、太白先生と押上に遊びに来なさい」
「はい、母上様」
 兵庫を先頭に志津、多美、鈴、お玉、小夜、千夏そして殿(しんがり)は常吉と並び屋敷を出ていった。
その乱れず歩く様子は商家の者の目を引き付けた。
また門外に出た子供たちは、一行が道を曲がり、姿を消すまで見送っていた。

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Posted on 2017/03/12 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学