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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第95話 金木犀(その10)】 

 五つ(午後4時)の鐘が鳴り、彦四郎屋敷の表門と裏門が閉められ、屋敷に居る者たちが玄関先に集まった。
主の彦四郎が玄関に現れ、上がり框に立った。
「本日はお仲間を迎えましたので紹介します。先ずは養育所からお松殿とお竹殿です。年明けまで坂崎先生ご夫妻の元で、修行をしていただきます。尚その間、私たちの食事作りをお願いしますので、手伝える仕事には労を惜しまぬように頼みます。鐘巻先生を見習って下さい。尚お松殿とお竹殿からは養育所の賄いについて二人に学んで貰います。その一人は後ほど紹介しますおたき殿です。もう一人、魚のさばき方から学びたい者は申し出て下さい。生憎私は二度も腹を斬られているので、その痛さが分かり魚と云えども刃を向ける気は無い」
笑いが起こり、その笑いを止めるように、
「中川様、私にそのお役をやらせてください」と団吉が声を上げた。
「構わぬが、三月(みつき)の間に音を上げたら、ここを追い出すがそれでもよいか」
「悪党の末に居る私の苦労は並大抵の苦労ではございませんので、心配ご無用で御座います」
また笑いが起こった。
「よし賄い方は、お松殿、お竹殿、おたき殿、団吉の四人とする」
「中川様、私は中川様を兄と思いますので、私とお竹を呼ぶのに殿は無用で御座います」
お松とお竹は浮浪の孤児だったが、養育所に入り兵庫を父、志津を母とする鐘巻姓で届け出されているのだ。そのため改まった場では侍の娘として呼ばれることが多かった。
「そうか、分かった。お松。次に、本日午後に来られた方々を紹介します。亡き北村殿のご妻女・栄殿と北村家の使用人だった友蔵殿とおたき殿です。ここで多くは云いませんが、亡き北村殿は二度にわたり私の命を救ってくれた方です。一度は私の身代わりとなり賊の弟に斬られ、二度目は賊の兄が私に斬りかかった時、賊が医者宅で殺害した北村殿の血糊が抜刀を妨げたため軽傷で済みました。私は万分の一でも恩を返したいのだが、奥方が私に託したのは友蔵殿とお滝殿だけです。勿論、お二人のことは受け入れ、後悔はさせないつもりだが、奥方は里に戻ると云うのだ。苦労為されるだろう。私は同じ苦労をするなら楽しい苦労をしてもらいたいと思って居る。養育所はその楽しい苦労が出来る所だと思うので、私のちっぽけな願いではなく、子供たちの願いのために養育所の何処かに残って欲しいと願っています。まだ屋敷引き払いの仕事が残って居るようで、お一人では大変でしょう。大八車をお貸ししますので友蔵殿とおたき殿とお戻りください。出来れば大八車に荷を積んで戻って来て頂ければ、指切りをした子供たちも喜ぶことでしょう」
「ご厚情有り難うございます。今晩にも戻り亡き夫と相談してみます」

 その言葉の通り、夕飯を食べると北村栄は友蔵に大八を牽かせ、お松から手渡された握り飯の包を持った、おたきを供にして赤坂中之町の屋敷に戻って行った。
 そして翌九月五日、まだ彦四郎屋敷の門が開く前に訪れた者が居た。
戸を叩く音に仁吉が出てみると、急いで来たのだろう息の上がった北村栄が立っていた。
「北村様、如何されました。どうぞお入り下さい」と門内に入れ、仁吉は玄関の板木を二度叩いた。
出て来た雅代は栄の様子を見て、何も聞かずに、上がらせると主・彦四郎の部屋に通した。
「お疲れのようですが、先ず、話を伺います」と彦四郎
「中川様にお願いが在り参りました」と畳に額を付けるほどに下げた。
「何でも聞くつもりです。御顔を上げて下さい」
「本家に戻ることに成って居ました父上様、母上様が・・・」
「判りました。どうぞ此方にお連れ下さい。ただし、私どもに遠慮為されるでしょうから、そうならない様に、栄殿に世話を頼みます」と栄の言い辛いところを察して彦四郎がいった。
「有り難うございます。お世話になります。それと引っ越しなのですが・・・」
「人足と車ですか。あと何台在れば宜しいですか。遠慮なさらずに」
「出来ればあと三台」
「分かりました。直ぐに支度させますので、ここで休んでいてください。雅代、絵図で行き先を確かめておいてくれ」
「はい」

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Posted on 2017/03/13 Mon. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学