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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第95話 金木犀(その12)】 

 彦四郎屋敷を出た一行は北村栄の足に合わせ歩んだが、それでも栄は遅れまいと裾の乱れも気にせずに小股の運びを早くしていた。
吾妻橋を渡り切ると一行は右に折れ花川戸の町へと入って行った。
向かったのは兵庫が駒形に居を構える時からの知り合いで、運送業を営む大黒屋だった。
兵庫は軒看板を指さし、もう直ぐですと栄を励ました。

 店に入った兵庫は、
「鐘巻です。お願いが在り参りました」と雑踏の騒音に負けない大声で叫んだ。
直ぐに主の妻・おしまが、少し遅れて主の道太郎が隠居の又五郎を連れて出て来た。
「お上がりください」と又五郎
「これから大勢で赤坂まで行くところです。後日、新しく手に入れた中之郷元町の屋敷にお招きいたしますので、今日のところはご容赦して下さい」
「中之郷に屋敷ですか。斬られ彦四郎の屋敷が在るそうですな」
「はい、その彦四郎さんに留守居をお願いしています」
「それは、呼ばれるのを楽しみにしています。ところで御用は?」
と隠居が乗り出して来た。
「赤坂から、その屋敷に移る方が居ますので、大八車をお借りしたいのです」
隠居は主の道太郎を見た。
「今あいて居るのは二台ですが、引っ越しには足りませんね」
「既に二台が向かって居ますので何とかなると思います。お貸しいただけると助かるのですが」
「お役に立つのでしたら、お使いください」
「有り難うございます」
この話し合いは外で待つ者にも聞こえていた。

 兵庫と一緒に出て来た道太郎が、外で待って居た者たちに頭を下げ、大八を引き出させた。
「どうぞお使いください」
「有り難うございます」と兵庫が頭を下げると、待って居た五人も頭を下げた、
「これを御三方で赤坂まで運び、重い荷を優先に積み込みんで下さい」
「分かりました」と心太、三五郎、万吉が大八を牽き去って行った。
兵庫は改めて北村栄と共に店に入り、又五郎に挨拶を済ませ、大黒屋を出ていった。

 花川戸の入口まで来て兵庫は足を止め、腰を下ろし休んでいた辻駕籠に、
「この方を浅草平右衛門町まで頼みたい」と話し掛けた。
「鐘巻様、歩けますので結構です」
「嫌でも、帰りは歩かねばなりませんよ。少しでも足を休めておいて下さい」
「分かりました」と栄は駕籠に乗りこんだ。
「駕籠屋さん、諏訪町までは川沿いを行って下さい」
「へーい」
 途中、兵庫は駕籠を止めさせた。
「あの経師屋為吉の暖簾が出ている店は駒形の養育所に成って居て、男の子が済んで居ます。隣の継志堂は薬屋で養育所が営んでいます。何かの折に頼むことが在るかもしれませんので覚えておいて下さい」
「分かりました。鐘巻様」
この短い会話を聞いた駕籠屋が苦虫を噛み潰したのは鐘巻の名を聞いたからだ。
この時兵庫は他の引っ越しを手伝う者と同じだが稽古着姿だった。
兵庫は駒形から押上に移り住んでから、凡そ半年が経つがならず者たちは人斬り鐘巻の悪名を忘れてはいなかった。
一旦停止はここだけで、歩くよりは早く浅草平右衛門町の船宿・浮橋に着いた。
「駕籠代は幾らですか」
「先生、六十文頂ければ有難いのですが」とまともな代金を言った。
「そうですか一度止まり邪魔をしたので酒手込みで、百で我慢して下さい」
「御の字で御座います」

 栄と浮橋の暖簾を潜った兵庫は
「碁四郎さん」と大声で呼んだ。
その声で出て来たのが、碁四郎の妻・女将の静だった。
「鐘巻様、馬鹿な大声を出さないで下さい。折角寝付いた万丸が起きてしまいます」
「済みません静殿。馬鹿力を借りに参りました」
「その馬鹿を持て余している本人が参りましたよ」
裏で力仕事でもしていたのだろう、碁四郎が通り庭を抜けやって来た。
「何ですか、兵さん」
「こちらが北村殿の奥方の栄殿です」
「これはどうも、ご愁傷様です」
「お世話をおかけしました」
「北村殿ご一家に彦四郎屋敷に入って頂くことにしました。赤坂の屋敷を引き払うので手伝ってくれ」
「私一人でいいですか」
「大八四台、人足八人と背負子を人数分用意した」
「分かった。支度する」と云っても部屋には上がらずに志津が持って来た刀を腰に差し、予備の草鞋を腰にぶら下げただけだった。碁四郎も朝稽古姿のままだったのだ。

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Posted on 2017/03/15 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学