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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第95話 金木犀(その14)】 

 こうして邸内に大八車や人足が入った。
「昼飯が届くまで、荷の運び出しを行いたいので四人が上がることをお許しください」と兵庫が徳三郎に頼んだ。
「栄、お前が仕切りなさい。わしは邪魔にならないようにしているよ」
「はい、父上様。鐘巻様、任せますので宜しくお願い致します」
「先ず四人組が上がり、担ぐには重すぎる物、大きすぎる物を先ず廊下に運び出しなさい。残った者が大八に積み込むことにする。始め」
心太、三五郎、万吉、団吉の四人が上がると、一台の大八が廊下に尻を向けて止められ、石の輪止めが嚙まされた。
 荷が動き出すと、積み込みの仕事は捗(はかど)った。
部屋に置かれていた調度類が三台の大八に平積みされた所で、昼の鐘が鳴った。
だが、昼飯が未だ届けられて居ないから仕事は続けられたが、荷の全量を把握するためもっぱら運び出しが行われた。それは部屋から出された行李や櫃、布団などが廊下に、台所の鍋、釜、米俵から納屋の糠漬け、その石、薪・炭俵が庭の莚の上に並べられていった。
そこに昼飯が常吉によって届けられた。
既に、湯は沸いており、皿には香の物が盛られ出番を待って居た。

 荷が出されて空いた部屋に男たちが集まっていた。
「わしは嫁の話が信じられず、騙されていると思って居たのだ。だから、わしは嫁に本音だが無理を言ってみた。わしも本家に行きたくないとな。明け六つに出た嫁が戻る前に大八を牽いたいかつい男たちが来たのを見て、荷を全て奪われるのではないかと云う疑いが生じてしまい、屋敷に入れなかった。友蔵やおたきが見知らぬ者ではないと言ったが、嫁が帰るのを待ったのだ。その嫁が侍と思われる者を二人連れて戻って来た。その一人鐘巻殿のことを、中川彦四郎殿が先生と呼ぶことがあると嫁から聞き信じることにした。と云うのは“斬られ彦四郎”の浮世絵を手に入れることが出来、中川彦四郎殿の侍としての豪胆さに感じ入って居たからなのだ」
「私らに対する誤解が解けたのでしたら嬉しいのですが、中川殿が私を先生と呼ぶような関係ではありません。私を先生と呼ぶ者は剣術を通じてのことで、子供たちとここに居るいかつい男たちですよ」
「剣術か・・世の中には無名だが恐ろしく強い者が居るからな。いかつい男たちは本当に強い者でなければ先生などとは呼ばぬゆえ、お主は強い筈だ。それにお主は、ここの荷造りで弟子たちと助け合い、手を抜かず働く人柄の良さも見せた。若いが先生と呼ばれるのも不思議ではない」
「北村様は上手です。これで午後の仕事も手を抜くわけには行かなくなりました」
男たちの部屋に笑いが生じたことが、女たちを安堵させ、互いに顔を見合わせ、微笑みを浮かべさせていた。
「ところで、明け渡しを見届ける役人が来るのはいつ頃に成りますか」
「気に成るか」
「北村様、まさか八つ(午後2時)ではないでしょうね」
「そのまさかだよ」
「もう半刻ほどしか残って居ませんよ」
「わしも手伝うよ」
「それは結構ですので、一つでも荷を運んで頂ければ有難いです」
「それは決めてある。鎧櫃と槍は触らせぬ」
「聞いての通り、後半刻で屋敷を出ます。気張って下さい」

 四人が一台の大八車を受け持ち、荷積みが始められた。
既に一段積んだ大八車三台については、荷の凸凹を均すように荷が積まれ、布団が被せられ縛り上げられていった。
一方、何も積まれて居ない一台には糠味噌の樽、炭俵、薪の束、鍋釜などが積まれていった。

 こうした中、女や年寄りも働いて居た。陶器などの割れ物を衣類の入った行李に入れたりして荷を纏めていたのだ。こうした荷の多くが背負子に乗せられることに成った。
と云うのは、たくましい男が八人も引っ越し手伝いに来たことで持っていくのを諦めていた物まで引っ越しの荷に加えようとしたため荷造りが遅れたのだ。それは明け渡しの時刻八つの鐘が鳴っても続けられていたのだ。
人足男たちは庭を掃き終え、最後の荷が出てくるのを待って居たが、明け渡しを見届ける役人が来てしまった。
 役人は穏やかに
「明け渡しの時刻が過ぎていますが、あとどのくらい待てば宜しいでしょうか」と男主となった北村徳三郎に尋ねた。
「申し訳ない。あと四半刻待って欲しい」
「分かりました。待ちましょう」
徳三郎は女を急がせるとともに、鎧櫃に入れておいた“斬られ彦四郎”の浮世絵を持ってきて役人に見せた。
「この男の世話になることに成った」
この話に役人が興味を示し、更に兵庫等が加わり盛り上げ時を稼いだため、女たちは部屋の最後の清掃を済ませ、出て来た。

 屋敷内を検分した役人は満足し、荷を高く積んだ背負子を担いだ男たちが更に大八を牽き、押し、遠ざかっていくのを見送っていた。

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Posted on 2017/03/17 Fri. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学