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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第96話 鬼の居ぬ間に(その10)】 

 矢五郎が去り、残された仁吉、心太、三五郎、万吉、留吉の五人は、茶店から男たちが出てくるのを待った。日が没し小雨が降る参道は暗さを増していくなか、軒下で待つ男たちは時の流れの遅さを感じさせられていた。
 それは茶店の中に居る十人の子分たちも同じだった。行燈(あんどん)の明かり一つが点る部屋の中に座らされ、与えられた仕事が出来なかった伊佐次と忠治が半蔵に言い訳しているのを聞かされていたのだ。
「強い侍が用心棒に成って居てやられたのは仕方がない。それなら何故、わしらに助けを頼みに帰って来なかったのだ」と半蔵が語気を荒げた。
「午前中に戻っても、未だ皆が戻っては居ないと思い調べていたんですよ」
「何をだ」
「用心棒が侍なら、雇った店の主も侍だったんですよ。だからその侍のことを調べたんですよ。分かったのは侍の名は鐘巻兵庫で、悪党切りで恐れられているとのことだったんですよ。嘘だと云うのなら、浅草で古参の悪党に聞いて下さいよ。特に駒形界隈で悪さをすると仕返しをされると聞かされたんで、怖くなって帰れなくなったんですよ」
「帰れねぇとはどういう事だ。ここを知られたと云う事か」
「縛り上げられていて仕方がなかったんですよ」
「お前たちが喋らなくても、軒賃を頂いている店の者が話すだろうから、調べれば判ることだ。明日、俺が様子を見に行ってくる。それでは、今日の分け前だ」と云い、皆に一朱ずつ手渡し、「わしらは悪党だ。悪党切りを恐れていては、明日から御飯(おまんま)の食い上げだ。臆病風を吹っ飛ばして来い」と更に一朱ずつ渡した。

 茶店のくぐり戸が開き、男たちが出て来た。そして戸が閉められた
「十人だ。留、お前はここに残り十一人目を、わしらが戻るまで見張って居ろ」
「貧乏くじですか」
「そうとは限らん。半蔵が動けば当たりくじになる。親の総取りだぞ」
「兄さん方、半蔵は動かないというより、動けませんよ」
「どうしてだ」
「茶店を空き家にしたら、俺が泥棒に入るからな」
「なるほど。それではもう一人残そう」
「何のため?」
「一人・留吉は半蔵の行き先の確認のため。もう一人・万吉はこそ泥だが、すぐ戻るかもしれないので素早く動き、金が見付からなくても早めに退散しろ。分かったな」
「分かって居ます」
「それでは、お前らの有り金を出せ。足らなくなると仕事に差支(さしつか)えるからな」
「私は半蔵が出たら追います。もし半蔵が店に入ったらこっちも入らなければならねぇ。金が無いと仕事に差支えますので万吉兄ぃお願いします」
しぶしぶ万吉が懐から巾着を出し、
「使った分は返して下さいよ」
「減った分は内藤さんから直接貰ってくれ」
と云い、残りの三人が十人の後を追って、軒下から出て行った。

 東都組の十人は茶店を出ると、阿部川町を横切るように新堀川まで進み、堀沿いを北へ菊屋橋まで、橋を渡り門跡前を通りそして田原町と迷うことなく足を運んで、西仲町の飯屋に入った。
「あの店なら、足が出ることはねぇ」と仁吉が云い、暖簾の外まで行ったが先着の十人の一分が未だ入りきって居なかったため暖簾の外で待たされた。
この時代、風呂屋や込み合う店に上がる時は下足や傘を預けることが多く、下足番が居たのだ。
 十人と少し間を空け、仁吉、心太、三五郎が店内の土間に入った。
「三人様ですか」
仁吉は頷き、まず傘を渡し、下駄を脱ぎ。板の間下に置かれている簀子に上がり、更に板の間に上がった。

 その板の間は客が座る所には薄縁(うすべり)が敷かれており、給仕の者が歩く所は床のままだった。
なお、固定の膳などは無く、大衆飯屋の食事などは折敷で運ばれてくるためそれを床に置いたのだ。現代ではこのような食事の経験はピクニックなどで芝生の上に座り食べる時ぐらいに成ってしまった。

 東都組の十人は夕飯を食べていなかったのか酒の他に飯も頼んでいたが、それを見張る三人は酒とつまみに焼き干物、ナスの漬物などを頼みながら、飯屋で五つ(午後八時)の鐘が鳴るまで居座ったが、特に変わったことは起こらず、店を出た。

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Posted on 2017/03/29 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学