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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第97話 前へ(その24)】 

 月見の宴であったが、花見の時と同じで月は宴席を照らす脇役に徹していた。
主役は子供たちだった。
来賓を箏・太鼓・鼓で招き入れ、子供たちが作り上げた味噌田楽でもてなし、薙刀で兵庫に挑む女子の姿、実用的な金種計算を披露し、耳、口、目、脳を快く刺激させ次は何かと思わせた。
 席に戻り味噌田楽の串に残っていた茄子にかぶりつき串を引き抜いた時、
「兄上様」と声がかかった。
口にくわえた茄子に返事を妨げられ、味わうこともなく飲み込んだ。
「何ですか、千夏」
「ここでは、女の子は女の子の、男の子は男の子の習い事をしています。だからその事を“私は出来ます”と一人では手を上げにくいのです。みんなでやっても良いですか」
「構いません、賑やかでよいでしょう。何をしますか」
「普段遊びでしていることですが百人一首を最初から最後の百番まで順に女の子が諳(そら)んじます。ただし多美ちゃんと鈴ちゃんはここに勉強に来ている猪瀬家の方なので多美ちゃんが始めの一番を鈴ちゃんがお終りの百番を言います」

 千夏に促され、多美が少々たどたどしく
「秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ」と無事諳んじると続いてお玉が「春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣干すてふ 天の香具山」と諳んじ、その後を小夜、千夏、すみれ、あやめ、かえでと諳んじ、またお玉に戻った。
これを普段遊びにしていなければとても出来ない速さで繰り返し進み、九十八番目をお玉、九十九番目を小夜が諳んじた。そして待ち続けた鈴が、
「百敷や 古き軒端の しのぶにも なほ余りある 昔なりけり」と締め拍手を誘った。

 これには男の子たちも黙ってはいられなかった。
「兄上、論語の素読を皆にさせて下さい」と観太が頼んだ。
「構わぬが、長くなるので里仁(りじん)第四までにしなさい」
「それでは孔子様に申し訳ありません。堯曰(ぎょうえつ)第二十までです」
「孔子様のことを考える前にお客様のことも考えなさい」
観太が膨れた。
「鐘巻様、兄弟喧嘩はいけません。今日はお子様方の成長を拝見しに参りましたので、好きなようにさせてあげて下さい」と山倉屋が取り持った。
「分かりました」
これで男の子たちは意気込んだ。
「しいわく、まなびてときにこれをならう。またよろこばしからずや。ともあり、えんぽうよりきたる。またたのしからずや。ひとしらずしていきどおらず、またくんしならずや」と観太がよどみなく始め、引き継いだ音吉が「ゆうしいわく、その人ひととなりやこうていにして、かみをおかすをこのむものはすくなし。かみをおかすことをこのまずして、らんをなすをこのむものはいまだこれあらざるなり。くんしはもとをつとむ。もとたちてみちしょうず。こうていなるものは、それじんのもとたるか」と進んだ時、
「きゃ~、おふくが赤ちゃんをたべちゃう」とお玉が絶叫し、立ち上がった。
素読が途絶え、皆がお玉の指さす方向を見た。
十三夜の月に照らされて三毛猫が何かを咥えて母屋に向かい縁の下に入って行った。
泣きじゃくるお玉に、鈴や多美まで泣き出した。
「お玉、フクは引っ越しをしただけですよ」
「引っ越し?」
「フクには手がないから赤ちゃんを運ぶのに口を使うのですよ。土間に行って猫ちゃんの寝床を見に行きなさい。未だ赤ちゃんが居れば迎えに来ますよ。でも邪魔しては駄目ですよ。フクが赤ちゃんを育てるのに安心できるのは、今は床下なのです。分かりましたね」
頷いたお玉は、涙を拭きながら母屋に向かい、縁側から上がり猫の寝床を置いてある表の土間に向かった。これには女の子も男の子もついて行った。

 宴席から子供たちが消えた。
「いや~良いものを見せて頂きました。浅草で拝見した時には人を疑い、他人を気遣うことも出来なかった。それが猫のことで涙を流すまでになったとは。今宵の名月が目に入らなかったのは、すみわたった子供たちの心が勝ったからでしょうな」と大黒屋又五郎が言った。
子供たちの話に花を咲かせていると、縁側に子供たちが戻って来た。それに少し遅れて猫のフクが子猫を咥えて庭を回ってやって来た。
「フクちゃん。残りはあと一匹だよ、頑張れ」とお玉が云うと、鈴も多美も「頑張れ」と励ました。フクが縁の下に消えても子供たちは動かなかった。暫くしてフクが縁の下から出て来て庭を回り消えた。

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Posted on 2017/04/30 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学