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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第96話 鬼の居ぬ間に(その14)】 

 兵庫は持っていた傘を背後の上空に向け投げ、同時に足音に向かって振り向いた。
「御用ですか、半蔵殿」と刀は抜いたが傘に気を取られ間合いを広げられてしまった男に尋ねた。
「俺を知って居るのか」
「その長刀、やはり、侍でしたか。残念です。ところで、金を集めて何をするつもりだったのですか。正直に応えて下さい」
 兵庫は過去に養育所を創るために札差を拉致し、身代金を奪った額賀を死に追いやったことを思い出していた。
「ただ何となくだ。だが邪魔する奴は許さねぇ」
「茶店の婆さんに言い残すことは在りませんか」
「俺が、この刀を持ち出す時は生死を掛けている時だ。母上は俺よりも身の処し方を知って居るよ」
「そうですか、それでは参る」と兵庫は愛刀・源三を抜いた。
半蔵は本当に覚悟が出来ていた。長引いて止めが入り捕らえられることを恐れたのか、ためらいもなく打ちかかって来た。それだけに刃筋は鋭く兵庫に迫った。
“惜しい”と兵庫は思った。
が次の瞬間、かわし切れなくなった刃を兵庫が払い、さらに突き出した。
胸を突き貫かれた半蔵の力が抜け崩れ落ち、水たまりを赤く染めていった。
「役人を」
「呼びに行っています」
血刀を手拭いで丁寧にふき取り鞘に納めた兵庫の目に、向かって来る久坂と勇三の姿、その向こうに逃げていく二人の姿が写った。

 やって来た定廻り同心の久坂が、
「仏はだれだ」
「東都組の頭。半蔵です」
「こいつ、侍だったのか。それなら捕らえられるよりは良かったな」
同じ悪行を働いた時、侍の方が罪が重くなる傾向が在ったのだ。
「久坂さん、茶店の婆さんは、やはり母親でした。今から行っても間に合わないでしょうが・・・」
「勇三、人を呼んで片付けておいてくれ。わしは婆さんを見に行ってくる」
 久坂と勇三が去り、残された半蔵の遺骸の傍らに兵庫が立つと、それに北村徳三郎、内藤虎之助が加わり半蔵を守る姿勢を見せた。
町の住人の多くが東都組を恨んでいた。その頭・半蔵が死んだことは直ぐに伝わり押し寄せて来て、死人に鞭を討つことを始める恐れがあるのだ。それが弱い者が出来る仕返しだったからだ。
案の定、人集めに行った勇三だがたった一人を連れて戻って来た。その一人は下っぴきの平次だった。
「先生、駄目です。このまま晒すつもりのようです。お仲間の手を貸して下さい」
「内藤さん。このことを押上、中之郷元町、浮橋に知らせて下さい
「分かりました」

 半蔵を乗せる戸板が奥から運ばれると、継志堂と経師屋の暖簾が仕舞われ、表戸が閉められた。
遺骸と刀が戸板に乗せられ、それを兵庫、徳三郎、継志堂から三次と田作、そして勇三と平次の六人で運び始めた。行先は自身番ではなく了源寺だった。
罵声はまだしも時には石が飛んでくるのに耐えながら、勇三の道案内で武家屋敷や大名屋敷の門前を通るのを避けながら半蔵は運ばれた。
こうして阿部川町までやって来ると、裏店から出て来た定廻り同心の久坂に会った。
「了源寺に葬るのか」
「はい。母御は?」
「やはり自害していたよ。“これを返して下さい”との走り書きの脇にこの金と借入帳が置かれていたよ」と懐を叩いた。
「他に遺書は?」
「無いが倅の脇に葬るように頼んでくるよ」
「お願いします」
 了源寺の参道に入ると、茶店の雨戸は閉まっていた。
寺内に入った兵庫は遺骸を墓場の入口で待たせ、庫裏に和尚の快延を尋ねた。
「山中碁四郎殿の朋輩、鐘巻と申します」
「未だ昼前だと云うのに早いな」
「今宵、茶店に押し込む話は、半蔵が亡くなったため取りやめとなりました。実は仏となった半蔵を運んできましたので、埋葬、供養をお願いしたいのです。また、半蔵の母御が自害して果てました。後ほど運ばれて参りますので合わせてお願いします。仔細は外で・・」
 墓場への出入り口に来た和尚は寝かされている半蔵見て、
「殺されたのか」
「はい、半蔵は侍でした。今晩押し入り捕らえられれば、辛い思いをさせられたでしょう。半蔵は母に別れを告げ、その長刀を持って私に侍として挑んだのです。若いのにやくざ者十人を束ねるだけの腕前でした」
「そうか、母親が居たとは知らなかった」
「見れば判りますのでお教えします。母は茶店の婆様でした」
「そうだったのか。山中殿には言っておいたが、茶店を閉じられては困るので半蔵を除いても婆さんは使って欲しいとな。無理な願いだったな。親子だったか、二人の弔いは任せてくれ」
「お願いいたします。また参ります」

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Posted on 2017/04/02 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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