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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第96話 鬼の居ぬ間に(その16)】 

 集まった者たちに、取り敢えずのことを頼んだ兵庫は、一人押上に戻って行った。
押上から来た甚八郎、常吉が兵庫と同道しなかったのは、兵庫の目に悲しみを見たからと、事件を目(ま)の当たりにした北村徳三郎からもう少し話を聞きたかったからだった。
 北村の話は、半蔵の覚悟と腕前を称えるものだった。それを証明したのが兵庫の行動だった。骸になった半蔵を守り、自ら寺まで運んだことだった。これは兵庫が半蔵の並々ならぬ腕前を惜しんだからに他ならなかったからだ。

 八丁堀に行き文吉と巳之吉に駒形の養育所を閉めたので立ち寄らぬように言い含めに出かけた兵庫だったが、駒形に戻って来た兵庫の傍らには文吉と巳之吉の姿があった。
二人の姿は脇差を差した武家姿だった。
 その時、子供たちの引っ越しは、ほぼ終わり、浮浪時代の爪、髪を納めた祠(ほこら)や浄財箱が大八車に乗せられるところだった。
それを見た二人は、二階に上がり、道場に行き、さらにその二階に上り戻って来た。
「母上に会って来ました」
「絵を見たのか」
「はい、兄上」
「それなら心残りも無いだろう。途中まで送ってやる」

 送ると云っても、日光街道を隣町の諏訪町の中ほどまでで、そこで兵庫は西に文吉と巳之吉は南へと別れていった。
了源寺では碁四郎が待って居た。新しく並んで出来た半蔵親子の土饅頭に線香を上げ、兵庫と碁四郎は庫裏に快延和尚を尋ねた。
「和尚、有り難うございました」
「婆さんに子が居たとは思いもしなかった。親子の命日が一緒にとは坊主を長年やって居ても哀れを禁じえぬものだよ」
「わたしは婆さんの淹れてくれました出がらし茶の旨さを覚えています」
「それは、当山の水を使って居るからだよ。山中さん、半蔵が居なくなった後の茶店のこと忘れて貰っては困るぞ」
「それは、こちらの鐘巻さんに責任を取って貰います」
「碁四郎さん、何も聞いていないぞ」
「今晩、この庫裏で話そうと思って居た、その出番を無くしたのは兵さんですよ」
「内輪もめは外で頼む。明日の朝から店を開けて貰わねば、他の者に貸してしまうぞ」
「和尚、それには及びません。確か、家賃無し、寺銭無しでしたよね」
「そうだ、水代も取らぬ」
「やります」と兵庫が応えた。
「現金な御仁じゃの」
「兵さんは子沢山で大変なのです」と碁四郎が言い訳めいたことを云った。
「左様か。任せますので励んでください」
「有り難うございます」と兵庫の代わりに碁四郎が応えた。

 了源寺を出たところで二人は閉められている茶店を見た。
「兵さん誰に任せますか? 常吉さんですか」
「身を持て余してしまいますよ。新発田から来て、一番早く独立して苦労している山内家にお願いしようかと思って居ます。これから行って頼むのですが、受けてくれると良いのですが」
「受けてくれますよ」

 一人駒形に戻った兵庫はあらましを内藤虎之助に伝え、道場から山内家が住む裏店へ向かった。
朝の出来事が山内家の暮らしに直接影響はしなかったが、突然の兵庫の訪問に昼のから寿司売りから戻って居た稲次郎・田鶴夫妻が表情を曇らせた。
「悪い話ではありませんが、お願いがあって参りました。今朝がたの事件で、空いた茶店が在り、事件の当事者としてそこの主を探すお役を命じられたのです。家主のご厚意で家賃は無料ですが、明朝から店を開かねばならないのです。店は売り場の他に畳部屋が三部屋在るそうです。私を助けると思って引き受けて頂けませんか」
「話がうますぎるので聞いても良いか」
「はい」
「その茶店はお主が斬った男が営んでいた店か」
「はい」
「町の者が荒れて居たが、何故か聞かせて貰えぬか」
「死んだ者は町の店から軒賃と称し間口一間あたり凡そ一分を取って居た東都組の頭。半蔵と呼ばれる者でした。町の者は役人が遺骸を運ぶに際しても手を貸そうとしませんでしたので、私どもが手を貸し寺まで運んだのです。何か気に入らぬことが在るようですが推測ですので、荒れた訳は、町の者に聞いて欲しいのです」
「お主は悪い嘘を吐かないのは分かって居る。明朝から開くとなると今晩から用意しておかねばならぬ。有り難く受けさせてもらうので、案内して貰えぬか」
「その前に、その店は悪党の巣窟でもありました。親分の半蔵が亡くなったことを知ると十人の子分が霧散しました。今日とは申しませんが、用心のためご一家で引っ越して頂きたいのです」
「分かった。何か有るかもしれぬと康介も戻っているので、連れて行く」
こうして、養育所、継志堂に残っている者たちの夕飯の支度を始めた八重を残し、山内康介・
千代の若夫婦と稲次郎・田鶴の老夫婦が兵庫に従い養育所を出て行った。

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Posted on 2017/04/04 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学