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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第96話 鬼の居ぬ間に(その17)】 

 兵庫の案内で歩き始めたところで、稲次郎が
「行先はどこだ」と素朴な質問をした。
「阿部川町近くの了源寺の門前町ですがご存知ですか」
「いや、康介知って居るか」
「阿部川町は知って居ますが、寺の在所は知りません」
そして康介が知って居る阿部川町までやって来た。
そこは北と東西を寺社で囲まれ、南には武家屋敷があり、他の町内とは隔絶された落ち着いた町だった。
了源寺はその阿部川町の西で建ち並ぶ寺の南端に在った。
了源寺の参道に入ると
「あそこですね」と康介が閉め切られている店を指さした」
そしてその店の前に来た兵庫が、
「閉め切られている家に入る時は、このくぐり戸から出入りします」
と云い雨戸から飛び出している閂のつまみを横にずらし、押すとくぐり戸が開いた。
しかし、直ぐに閉め、
「雨戸を開けて、中を確かめて下さい」と云った。
こうして四人が動き出したのを兵庫は唯見ているだけだった。
そして、四人の気色を伺っていた兵庫が、
「稲次郎殿、この家の大家(おおや)に会いに行きませんか」と投げかけた。
稲次郎は他の三人を見た。
若い当主の康介が頷くと皆が頷いた。
「大家殿は、寺の和尚・快延様です」

 庫裏に快延を訪ねた。
「和尚様、茶店を任せることに致しました山内稲次郎殿です。いまご家族が茶店内の片付けなどをしている所です」
「それでは、皆に挨拶をさせて貰うので戻って居てくれ」
「はい、お待ちしております」

 山門外に和尚が出てくると、参道に建ち並ぶ店の者が出て来て頭を下げた。それにまた和尚がいちいち挨拶しながら茶店までやってきた。
それを店の外に出た山内家の四人が並んで迎えた。
「四人ですか。店の中はどうでしたか」
「もう一人娘が居ますが、今鐘巻様のところで夕飯を作って居ますので失礼しています。それと忘れ物が多いのですが如何致しましょうか」
「全て、お任せします。他に気付いたことは」
「和尚様」と少し離れていた兵庫が声を掛けた。
「何ですか」
「善人が住むには少し物騒なのですが、戸締りのため、鍵などの改装をしたいのですが」
「家の修繕維持は皆さんにお任せします。ただ当山には金がないので、持ち金でお願いします」
和尚は気さくで、参道の出口まで店の者に顔を見せ、そして戻って行った。
「私はこれで引き揚げますが、引っ越しの荷車、人足については内藤さんに相談して下さい。また、茶店商いのことで分からぬことが在れば、十軒店のお仙さんに聞くなり、誰か修行に出して下さい。それと、ご子息の勇太郎殿には山内様よりお話しください。新発田から来られた方々には私の方から話をしておきます」
「お心遣い有り難うございます。早くここを落ち着かせ、奥様にご挨拶に参ります」

 駒形に戻った兵庫は内藤に、
「山内の皆さん、茶店を気に入ってくれたようです。引っ越しなどの手伝いをお願いします」
「山内家の落ち着き先が決まりましたか。から寿司の屋台売りで培った商いが報いられる日が来ましたな。今日は色々ございましたが、良しとしましょう」
「そうですね。良い匂いがして来ました。押上に戻ることにします」

 帰路、兵庫は中之郷元町の彦四郎屋敷に寄った。
駒形の子供十五人に保安方の鬼吉が加わり屋敷の住人が一気に三十六人に膨らんだのが気に成ったからだ。
 ただ、彦四郎の話では、混乱を鎮めさせたのは子供たちだったのだ。
夕食の準備ではお松とお竹が声を上げ、それに北村家から来たおたきと急遽賄い役を修行することに成った団吉が動き、更に配膳などは男の子全員が働いたのだ。これに武家の女も腰を上げ滞る仕事を補い、広間に座る大人たちの前に膳を置いていったのだ。
常日頃から学んできた集団での助け合いが、環境の変化時に発揮されたのだ。
兵庫は子供たちの成長を感じ押上に戻っていった。

 押上に戻った兵庫を子供たちは夕飯を食べずに、外で待って居た。何が起こったか。何が行われようとしているかは逐一志津に連絡されていた。兵庫が襲われたと云うことは隠さず伝えられたがそれを疑う者は居ない。しかし、無傷で元気だと言われてもそれを疑う者は居るのだ。
兵庫の安否は目で確かめるまではとなるのだ。
兵庫の姿を見た子供たちに喜びの声が上がり、その喜びが兵庫にも伝わった。

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Posted on 2017/04/05 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学