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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第97話 前へ(その2)】 

 食事後、着替えを手伝う志津に
「掛け軸は仕上がって居るはずです。明日、四人と太白先生とで客先回りをしようと思って居ます」
「そのつもりです。大助もお玉も喜ぶでしょう。お供は何方にお願いするのですか」
「仕事のきっかけを作ってくれた萬屋の弥一さんに頼んでおいて下さい」
 弥一は京橋宮古事件で大怪我をした中川彦四郎を題材に“斬られ彦四郎”の浮世絵を企画し、絵師の大神田太白を連れて来た立役者なのだ。

「ところで、女は欲しいものを手に入れるためにどれほどの金を使うでしょうか」
「女が男に払って貰えそうな金額は、これまでに男に支払わせた一番高い物が基準でしょう。両替商の妻なら、着物で百両も可能でしょうが、王昭君の故事でも分かるように肖像画となると女は誰しも美しく描いて貰いたいものです。女の願いを叶え少し美しく仕上げれば十両は頂けるのではありませんか」
「なるほど、太白先生にそのことを伝えましょう」

 押上を出た兵庫が中之郷元町の彦四郎屋敷にやって来ると、幼い赤松又四郎が既に開け放たれている門前に、稽古着姿で立っていた。
 又四郎は歴(れっき)とした武家の倅。九歳だが絵の天分があり、そのことを見つけた兵庫の所で大神田太白に指導を受けている。今回の大助とお玉の絵は又四郎が描いたものである。
又四郎は養育所に絵師として雇われてはいるが、他分野では教育書で指導を受ける身でもあった。

 そこに子供たちの声がして十五人の養育所の子供たちが保安方の鬼吉と玄関から出て来た。そして待って居た又四郎と押上に向かって走り去っていった。

 子供たちを見送り彦四郎屋敷に入った兵庫は太白と対座していた。
「鐘巻様、色々と大変でしたな。そろそろ来られると思いお待ちしていました」
「そのこと、先の話もしたいのですが今日は、明日出かけるとして目先のことを決め、御用聞きに参りたいと思って居るのですが」
「目先のことと申されますと、値段ですな」
「はい、相手が納得できる方が長続きすると思いますので」
「その考え方は大切ですから、値段は控えめな方が良いでしょう。ただし、他人には価値が無くても一家には宝としてもらおうと描いているので、安売りはしたくないのです」
「よく分かります。それでは控えめで居て、安くはない値段とは?」
「それは相手次第ですが、明日、伺う客は両替商の金持ちですから、持参する品物と本人を見比べて頂き、同程度の出来栄えを保証することを約束すれば、表装代を加えて十両は頂けるのではありませんか。身を飾る簪や帯と比べて高すぎるとは思えませんが」
「志津も十両という値を言っていましたが、それを確実にするために肖像画を描く時、王昭君とは逆の手心を加えたらどうかと・・そうして貰えますか」
「はい、王昭君を不美人に描いた絵師は殺されたそうですから、殺されない様に致します」
「それで、皆が幸せになれるのです。お願いします」

 太白との話を済ませた兵庫は、暫くして駒形に再び暖簾を出した経師屋為吉を訪ねていた。道場の二階の部屋に上がると、四副の掛け軸が掛けられていた。
「出来上がりましたね。有り難うございました。あす、描かれた本人と軸とともに京橋の両替商に絵の注文を取りに行ってきます。一幅の代金は十両とする予定です」
「今、掛けてある軸はどれも、誰が持っても価値が増していく物です。ましてや描かれている者の家族にとっては十両ならお買い得でしょう」
「しかし現実は厳しいですから、明日、どれだけ注文が頂けるのか、坊主で帰って来ないことを祈って下さい」
「はい、肖像画商いが繁盛することを願います」

駒形を出た兵庫は一旦、彦四郎屋敷に太白を訪ね、軸が仕上がって居たことを伝え、明日五つ半に駒形に集まることを約し押上に戻った。

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Posted on 2017/04/08 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学