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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第97話 前へ(その5)】 

「品物の出来については満足して頂いたと存じます。その品物は本日お連れ致しましたこちらの大神田太白殿が大人の絵を、子供の絵は本日は参っておりませんがお弟子の又四郎殿が描いた物です。また、掛け軸に仕立てたのは三代目為吉殿で、初代のお子さんです。私の脇に座られる方は、北村徳三郎殿です。今後、この仕事で色々と働いて頂く予定ですのでお見知りおきください」
 兵庫に紹介された三人が軽く会釈をした。
「それでは絵の値段ですが、ご覧いただいた軸と同じ仕上がりで十両となります。安くは在りませんが安い買い物をしたと思える日が必ず来ると思います」と兵庫が言った。
「今、鐘巻様が申された“安い買い物をしたと思える日が必ず来る”の御言葉を、奥様も同感ですか」と伊兵衛が尋ねた。
「はい、絵の価値が上がるには絵師の名が売れることが必要です。ご覧頂いたように絵は確かなものです。その絵をお金持ちの皆様方お仲間が買えば、その値が太白先生の相場に成ることは両替の世界と同じです。そして先生の手に余るほど依頼が来るように知り合いに紹介するのです。そう成れば自(おの)ずから相場が上がります。ただ相場が上がってもご家族の絵を売る気にはならないでしょう。もし利殖をお考えなら、犬・猫など売れる題材を選び依頼するのが宜しいでしょう」と突然の問い掛けに、よどみなく応えた。
志津が応える間だけは、遠慮なく志津を見続けることが出来る。それが狙いだとは思えないが、部屋に居た者が志津に見入っていた。伊兵衛も志津の機知にとんだ返答を頷きながら聞いていた。
「分かりました。今なら安いと云うことですな。それでは私、妻の千春、娘の千賀、倅の峰吉、一家四人・の絵をお願い致しましょう」
「有り難うございます。それでは太白先生、為吉さんあとの話を進めて下さい」
「それでは。先ず申し上げにくいのですが画材などを購入いたしますので、一人分で結構ですので頭金を入れて下さい」と太白が話し始めた。
「それは当然ですな。後ほどお渡しいたします」
「次に紙の大きさと、描く範囲、例えば頭、胸像、半身像、全身などです」
「私は全身でお願いしたいのですが」と千春が云った。
「紙が倍に成りますので、値段が二割ほど上がりますが宜しいですか」
「構いませんよ」と伊兵衛が応えた。
「次に、どこで描かせていただくかですが、早く仕上げるには屋敷に泊りがけで来ていただくのが良いのですが」
「どちら様のお屋敷ですか」
「本所中之郷元町のご存知“斬られ彦四郎”様の屋敷か、押上の鐘巻様の屋敷、あるいは駒形の町家になります。どちらも浅草寺さんや亀戸天満宮に近いので・・・」
「私は長く店を開けられませんが、家内や子供は・・どうしますか」
「私は鐘巻様のお屋敷が」と千春が
「私も」と千賀
「私は斬られ彦四郎様の屋敷」と峰吉が己の意思に逆らうことをせず、女と男で別れた。
「それではお泊りは私の所として、お望みでしたら彦四郎様の屋敷にも案内します」
三人は志津の提案を受け入れ、頷いた。
「それで何時からにしましょうか」と話し合いが続けられたが結局、子供二人は戻る兵庫に託され、千春は着物選びが出来次第、店の者と駒形の経師屋為吉の店に来ることに成った。
 半刻ほど菱屋に滞在した結果四人分の肖像画の注文を取った一行は菱屋を出た後、他の両替商に立ち寄り追加注文を取ることはせず帰路についた。
兵庫に同道して一部始終を見た北村徳三郎が閉じていた口を開いた。
「分からぬ」
「何がでしょうか」
「無礼を云うことに成るかもしれぬが構わぬか」
「一向に、反対の意見は役に立つものです。遠慮なさらず」
「たいして役に立たぬ物に四十両もの大金を支払う取引をするとは、理解できぬ」
「そうですね。分かりやすく言えば無駄なものほど高くて良いのです」
「少しも分かりやすくはないぞ」
「それでは必要なものほど高くて良いでしょうか。そうだとしたら、困りませんか」

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Posted on 2017/04/11 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学