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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第97話 前へ(その6)】 

 一瞬、返答に詰まった北村だったが、
「なるほど必要な食い物が高くては我々は飢えてしまうな。それにしても一枚の絵に十両も吹っ掛けるとは、これから何枚売るつもりなのだ」
「千両は稼ぎたいと思って居ます。養育所では日々の暮らしの出費だけでも少なからぬ出費をしています。勤勉に稼ぐだけでは間に合わないのです。ご理解ください」
「いや、済まなかった。良い勉強をさせて貰ったよ」
「分かって頂き、有り難うございます。もう一度同道をお願いした後は私の代わりをしていただくことにしますので、養育所のために働いてください」
「わしに出来るかな」
「相手は無駄金を使うことを厭わない者たちですが、私以上にむさぼらない様にしていただければ、この商いを長く続けられ、子供たちの笑い声が絶えないでしょう」

 途中で昼の鐘が鳴り、中山碁四郎の営む船宿・浮橋に昼飯を食べるために寄った。
兵庫・志津夫妻が来たと知り、碁四郎・静夫妻が奥から出て来た。
「兵さん、京橋の用はもう済んだのですか」
朝稽古でその日の兵庫の行動を聞いている碁四郎が尋ねた。
「はい、最初に立ち寄った菱屋で一家四人の注文を頂きました。この子二人は泊りがけで来てもらった先発組で奥方は全身像がお望みで着物選びが終わったら駒形に来てもらいます。旦那さんは忙しいので、店に出向き描くことに成って居ます」
「出足好調ですね」
「まずは注文を仕上げ、客先に満足して頂き追加注文を取っていきたいと思って居ます」
「それが良いですね。注文を抱えすぎるとどうしても仕事に妥協が入りますからね。ところで飯は未だですか」
「十人前頼みます」

 食事が済むと、碁四郎の妻・静が
「鐘巻様、皆様の掛け軸を見せて下さいよ」
「見せるほどでもない顔も混ざって居ますが、笑わないで下さいよ」
「はい、震えちゃいます」と兵庫の顔が怖いことを暗に言った。
「参った。為吉さん、見せてあげて下さい」
四福の掛け軸が掛けられると、昼飯の膳を片付けていた女まで、掛け軸の前に集まって来た。
多くの女たちは志津の掛け軸に見入ったが、掛け軸を見せて欲しいと云った静本人は
大助の掛け軸の前に居続けた。その静に夫の碁四郎が、
「静、よく描けているだろう。万丸の絵も描いて貰うことに成って居る。今だけの可愛い姿を残せるのは絵だけだからな」

 兵庫は子供の絵に見入っていて振り返った静の眼差しに優しさが増したように感じた。これが帰路、普通の町人でも我が子の絵が買えるまで値段を下げなければと思いを生じさせた。一行が駒形に戻ったのは九つ半だった。
「お帰りなさい。上首尾のようですね」と内藤虎之助が戻って来た者の顔を見て迎えた。
「大助、お玉、千賀さんと峰吉さんを道場に案内してきなさい」と、兵庫は子供たちを先ず遠ざけた。
そして、「頭金です」と、受け取った十両を内藤に手渡しながら、
「菱屋さんで一家四人の注文で、四十数両の売り上げになりそうです」
「それはすごい、金持ち相手の商いの先行きは良さそうですね」
「はい、しかし金持ち相手ばかりでなく、私たちでも手が出せる値段のことも考えたいのです。特に子供の似顔絵ですが」
「その値段は幾らをお考えですか」と太白が乗り出した。
「一日働いて得られる一朱では如何でしょうか」
「一朱ですと絵の値段だけなら可能ですが為吉さんの方が・・・」
「そうですね。掛け軸には仕立て上げられませんので、板に貼るとか団扇に貼るとか工夫をすれば・・・」
「分かりました、何とかなりそうでしたら作ってみましょう」
「それでは又四郎に養育所の子供たちの絵を四半刻から半刻の短時間で描かせてみますので、その絵に奥様が一朱払える物が、どのくらいあるか確かめて下さい」
「楽しみにしています」
「為吉さん。描かれた絵の仕立て方ですが、掛け軸以外に、額のように掛けるもの、衝立のように置くもの、場合によっては養育所の子どものある時期の姿を絵草子風に纏めるなど、考えて頂けませんか」
「分かりました、建具屋修行している水野様にも額造りなど相談してみます」
「話は変わりますが、道場を彦四郎屋敷に移築する話を彦次郎さんに話しました。最初に取り壊すのは最後に付けた二階の床からでしょうから、為吉さんは母屋の二階、北西の部屋に移るようにして下さい」
「分かりました。他の部屋の使い方は決まっているのですか」
「書画などの展示室を考えていますので、先ほど話し合ったことや、思いついたことを展示して反響を確かめましょう」
「何か目まぐるしい動きですね」
「じっとして居るのが苦手なので、宜しくお願いします」
「確かに」
笑いが起こった。

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Posted on 2017/04/12 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学