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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第97話 前へ(その8)】 

 千春は三枚の写生図を一目見て驚いた。母でありながらめったに見ることが出来ない峰吉の、子供の可愛らしさが細い線で描かれていたのだ。
「又四郎は一瞬現れたものを心に留めて描くことが出来る天才です。又四郎が居なければ子供の良さは描けませんよ」と太白が言った。
「そのお言葉よく分かります。又四郎さん、この絵でお願いします」
千春が選んだのは、少し見上げる構図で微笑む子の顔だった。それは子の視線の先に居る母を見た時に生じる一瞬の微笑みを思い出させたのかもしれない。
「分かりました。残りは差し上げます」と又四郎は紙挟みに挟み直し、差し出した。
「大切にします」と千春は受け取った。
「それでは押上に参りますので、太白先生、又四郎殿、明日よろしくお願いいたします」
 彦四郎屋敷を出、兵庫に案内された千春と峰吉らが業平橋を渡ると夕七つの鐘の音が聞こえて来た。そして押上の十軒店までやってきると、道場口から稽古着姿の古参の子供たちが飛び出して来た。
「兄上、お帰りなさいませ」の声が飛び交い、兵庫等が来た道を駆け遠ざかって行った。
そして、子供たちを見送って居た一人の少年が、
「先生、失礼します」と挨拶した。
「象二郎、父上に駒形の道場の移設が動き出したと言っておいてください」
「分かりました。先生」と反対方向へ駆け去って行った。
「今の子供たちは?」
「集団の方は養育所の子供で彦四郎屋敷に帰って行ったのです。もう一人は向島の家を任せている村上殿のご子息です。みなここに勉強、稽古、遊びに通っているのです」
「ここはお武家様のお屋敷では在りませんね」
「はい、もと札差の寮でした物を譲り受け、表に十軒店を、裏庭には住まいとして五軒長屋を皆で力を合わせ建てました」
 それで納得したのかは分からないが、十軒店の表口から入り、母屋入った。
ここで供の者は挟み箱を置き京橋へ帰り、菱屋一家は、お玉と遊んでいた娘の千賀に出迎えられ、志津の案内で、先日まで彦四郎が養生していた部屋に入った。
「ここが、滞在中のお部屋です。夕ご飯までまだ少し間が在りますので、それまで千賀さんに案内して貰い、庭など歩いて居て下さい」

 一方兵庫は、菱屋一家を母屋に連れて行ったところで案内を終え、裏庭に回り井戸の近くに立っていた。そこに、駒形の道場移築で彦四郎屋敷に行っていた彦次郎と佐吉が戻って来た。
「何ですか、隙だらけですよ」と彦次郎が声を掛けた
「向島に湯殿を建て始めました。辰五郎さんに良い風呂釜が出来たら此処にもと頼んであるのです。どこに建てたら皆さんに使いやすいか、ぼけーっと考えていたのです」
「それは結構な話ですな。それでしたら、湯殿の絵を画いた水野様に私から頼んでおきますよ。その後の使い勝手は私の方で考えます。力仕事は任せます」
「腕力の方は任せて下さい。それにしても折角造って貰った道場を一年も経たないうちに取り壊すことに成って申し訳ありません」
「壊すのではなく移築ですよ。道場は生き続けるのですから有難い話です。それとあの時道場を建てる話が無ければ、私はここには居ませんでしたよ」
 その時板木が打たれた。
「飯だ」と二人は井戸へ手を洗いに行った。

 広間で食事をするのは鐘巻家の者であるが、一人暮らしの彦次郎や佐吉も今や鐘巻家の一員扱いに成って居る。また近藤綾や八木文の年寄りは子とは別に、母屋暮らしをしながら養育所の子の世話役をしていたためこれも鐘巻家の一員扱いだった。それとは別に鐘巻家の大きな勢力は兵庫を兄と呼び、志津を母と呼ぶ養育所の子供たちである。

 この日、広間に食事のために集まった者は、兵庫、志津、千丸、千夏、小夜、お玉、かえで、あやめ、すみれ、他に猪瀬阿佐から預かっている鈴と多美、彦次郎、佐吉、近藤綾、八木文のいつも集まる十五人と菱屋から来た親子三人を合わせた十八人だった。
この数は養育所の者にとっては日常のことで、事実昼には彦四郎屋敷から来ていた男の子も居たからもっと大人数だった。

 しかし、いつも一家四人で食事を摂る菱屋の者はその多さに驚いた。

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Posted on 2017/04/14 Fri. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学