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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第97話 前へ(その10)】 

 嘉永六年九月十二日(1853-10-14)の朝、兵庫が洗濯物を干していると、峰吉がやって来た。未だ明け六つ前だった。
「なかなか似合っているぞ」
と云ったのは、稽古着を着ていたからだ。稽古着は夕べ志津から渡されたもので、又四郎が絵を描くのは午後に成ると云うことで、午前中は思う存分遊んで貰うためだった。
兵庫が峰吉を走らせようとよく見たら、京橋から来た時の高価な草履を履いていた。
「遊ぶには下駄か藁草履か草鞋が良い。間もなく彦四郎屋敷からやって来る者は皆、草鞋を履いているから峰吉も草鞋にしなさい」と草鞋を持って来て渡した。
草鞋を履いたことがないのか、戸惑いを見せる峰吉に履き方を教えるともう片方は自力で履いた。
 道場に朝稽古をする大人たちが集まり始め、思い思いに筋を伸ばし始めていた。
「向島まで走って来ます」と甚八郎に告げ、兵庫は養育所の外に峰吉を連れ出した。
十軒店の飯屋には火が灯り既に客が入って居た。
北十間川沿いをしばらく走り、橋を渡ったところで明け六つの鐘が鳴った。
走る速さを緩め、
「こんなに早く起きたことは在るか」
「いつもまだ寝ています」
ゆっくり走り続け、二人は村上茂三郎に任せてある家までやって来て走るのを止めた。
「ここも養育所の持ち物です」と云ったが中には入らず、表通りを歩きながら奥を見ていた。北の角まで行き、奥を見ると四十間先に小さな稲荷の社が建っていた。
「先生でしたか」と声が掛かった。
ここを任せている村上茂三郎と倅の象二郎が剣術の支度を済ませて出て来たのだ。
「村上さん、お願いが在り参りました」
「何でしょうか」
「象二郎、お客の峰吉さんとゆっくり先に行って下さい」
「はい」と云い、二人は並んで走り始めた。
少し遅れて走り始めた兵庫が、
「駒形の道場を中之郷元町に移築することで、屋敷内の植木をかなり処分しなければなりません。その植木を引き取ってもらえないかの相談です」
「大外回りの生垣に使わせてください。植木を頼むつもりだったので助かりました」
大外回りの長さは、西表を除いても北が四十間、東が十五間、南が四十間もあり、どのような塀を作るにしてもかなりの費用が掛かるのが、村上の悩みだったのだ。
「それでは後日運び込み、植樹も手伝いますので宜しくお願いします」

 話を終えると兵庫と村上の足は早まり、前を行く子供に追いついた。
北十間川を渡り養育所に向かう四人と彦四郎屋敷から養育所に向かう子供たちと大人の番士の一団が互いに相手を認識する距離まで近づくと足を速め駆け寄った。
「お早うございます」の声が飛び交った。
「観太、峰吉さんに剣術の支度を頼む」
「はい、先生」
こうして支度をする子供たちが道場口に消えていった。
道場口は道場への通路と防具を脱着する部屋からなって居る。ただ使う子供が増えたため道具を置くだけで手狭になってきており、集団で来た時は道具を受け取り、道場口を抜けてから着ける者の方が多い。
ちなみに稽古仕度をしてきた者は道場口を抜けるだけだが、混んで居れば隣の飯屋とか茶店の裏口を使う者も居る。
他に保安方は茶店に道具を置き、最近彦四郎屋敷の番士として加わった大人たちも茶店を使って居る。

 道場口に入った峰吉は、観太に予備の防具・胴を付けて貰い、籠手を嵌め、面と竹刀を持たされ道場口を通り抜けた。そこには同じような者が集まって居た。道場口を最後に抜けて出て来たのは観太だった。全員が揃ったのを見て大助が走り始めると他の子もそれを追った。
峰吉も追おうとした時、それを象二郎が遮った。
「私も峰吉さんも奥様の子では在りません。遠くで見ましょう」
見える所まで行く前に、
「母上、お早うございます」と叫ぶ子供たちの声が聞こえて来た。
「ここの子は、奥様を“母上”と呼び、先生のことを“兄上”と呼ぶのです」
 このことは母屋の中に居た千春や千賀にも聞こえ、養育所の子どもたちと鐘巻夫妻との絆の強さを教えた。

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Posted on 2017/04/16 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学