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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第97話 前へ(その11)】 

 子供たちが大挙してきたことで、大人たちの激しい稽古は一旦終わった。
兵庫は、峰吉の脇に立った。
「今日から数日の間、養育所に泊まり、一緒に過ごすことに成った、京橋から来られた峰吉さんです。剣術は初めてです。他にも初めてのことが在ると思いますので、仲良くよろしくお願いします。それでは面を着けて下さい」
 兵庫は峰吉の面を取り、被せてあげた。
大人と子供が向かい合うと、
「はじめ」甚八郎の声が掛かった。
他の子供たちは、甚八郎の「変われ」の声を聞くと相手の大人を変えて行ったが、兵庫は峰吉の手を取りながら、竹刀の振り方から丁寧に教え続けた。
 大人と子供との稽古が一巡すると、子供同士の稽古が優先される。
峰吉は相手に不自由はしなかった。次から次と稽古相手が挨拶にやって来たからだ。
こうして集団行動をする養育所の子供たちの朝稽古が終わった。
そしてそれらの子供たちは朝、来た時とは逆の流れを起こした。
竹刀の音、気合が止まったのを捉え、再び母屋の外廊下に出て来た志津に向かって、子供たちが駆け寄って行った。食事を摂りに帰るのだが、それが済めばまた来るのが分かって居ても、押上の養育所を去る時、志津との別れを惜しむのが儀式化しているのだ。
 外から朝稽古に来た者が帰って行くと、道場に残る者の数は極端に減る。
「先生、稽古お願いします」と云って来たのは、根津甚八郎、近藤小六、常吉、乙次郎だ。
いつもなら朝飯を告げる板木が打たれるまで、容赦ない稽古がはじまるのだ。
しかし、この日の兵庫は「よし、やろう」の二つ返事ではなかった。
先ず、峰吉に
「何がしたい」と尋ねたのだ。
「剣術の道具の付け方を教えて欲しいです」
「分かった」と峰吉に応え、さらに稽古を望む者に向かって、
「甚八郎、私の代わりに峰吉に道具の付け方、外し方を教えて下さい」
「分かりました」とやって来た。
 この後、兵庫との稽古で力尽きた者が峰吉に道具の付け方を教え、一巡したところで、防具の着け方を覚えた峰吉も朝飯を告げる板木が打たれるまで稽古に加わった。

 朝飯の席で、兵庫が、
「今日は太白先生と又四郎さんが来て、菱屋ご一家の肖像画を描くことに成って居ます。絵については志津に一任します。私は駒形の道場、中之郷への移築の件で動きます。その件で今朝、向島の村上殿に抜いた植木の引き取りをお願いしたら、生垣にすると受け入れて貰いました。彦次郎さんと佐吉さん何か用件が生じたら言って下さい。」
「先生、移築先の屋敷内に在る侍長屋ですが、少し手入れをしてから移築する道場の濡れると厄介な戸障子をしまう物置に使いたいのですが・・・」
「侍長屋の戸数は幾つですか」
「表門側も裏門側も門を挟んで間口一杯に造る予定だったんでしょうが、それは外から見た時にそう見えるだけで、実際は門脇に各一戸、表と裏で四戸です。他は屋根を支える柱だけで、その柱も何本かが鋸で切られていて、添木で何とかつながっている状態です」
「その辺の訳を聞いていますか」
「仁吉の話しでは侍長屋は名ばかりで中間(ちゅうげん)が住んで居たそうですが、金策に困った主からはした金で辞めさせられ、腹いせで仕出かした悪態のようです」
「柱が切られていては、添え木されているとはいえ物騒です。早く直して物置でも構いませんので使えるようにして下さい」
「城の柱でも接いでありますから、ちゃんと接げば心配ありません。ただ、まだ粟吉さんには無理なので私が教えます」
「粟吉さんは修行の場、実践の場を与えてくれた、中間さんに感謝ですね」
「先生は災難でも何か得るものを探し出す、その考え方は真似できませんね」
「それでは朝飯にします。私のように早食いの真似をせずに、よく噛んで食べて下さい。頂きます」
「頂きます」
食後、兵庫は彦次郎と佐吉の三人で彦四郎屋敷に向かった。

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Posted on 2017/04/17 Mon. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学