04 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 06

洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カレンダー

【鐘巻兵庫 第98話 残月(その4)】 

 部屋に戻った兵庫は着替え直しながら志津に事情を話した後、浅草平右衛門町の船宿・浮橋に山中碁四郎を訪ねた。
「分かりました。私もならず者の顔を覚えに、昼飯を食ったら茶店に行くことにします。兵さんは子供たちの方をお願いします」
 浮橋を出た兵庫は腹の虫を泣き止ますため、駒形へ急いだが途中で正午の鐘が鳴った。
駒形では萬屋弥一により押上から届けられた弁当と中之郷養育所から了源寺の茶店に行く者たちによって届けられた弁当、そして子供たちが、兵庫が来るのを道場で待って居た。
明り取りの嵌め込みの障子、開け閉めできる障子が全て外され、秋の光と風が道場に入り込んできていた。
「待たせてすみませんでした。ここでそろって食事するのも今日が最後に成りますね。道場が中之郷養育所に移築された時に、またみんなでお昼を食べましょう。頂きます」
「頂きます」
食事中子供たち、特に女の子は兵庫を見続けていた。
朝、一緒に来た時の稽古着姿から武家姿に変わり、額にはうっすらと汗を滲ませていたからだ。それと、ここで食べる最後の食事と云う割には味わうこともしないで食べる姿。
何かが起きる。何かが起きている。兵庫と日ごろ密な接触をしている子供たちは感づいていた。

 食事が済むと子供たちには後片付けが待って居て道場から洗い場へと姿を消していった。
「先生、忙しくなりそうなので、子供たちを急がせ、中之郷養育所へ外した障子の運び込みを済ませました」と乙次郎が言った。
「それは良かった。早いうちに子供たちをそれぞれの養育所に戻しましょう。鬼吉さんには中之郷に戻ったら、彦四郎殿が了源寺の茶店に行かれた父上・矢五郎殿のことを心配しているでしょうから、山中さんや私も茶店に行くと伝えて下さい」
「分かりました」
 この話を一部始終聞いていたのが道場の解体を指揮した元宮大工の彦次郎と手伝っていた建具屋の建吉とその弟子になる水野賢太郎だった。
「先生、山内の者の難儀を見て見ぬ振りは出来ません。何かさせて下さい」と水野家の主・賢太郎が詰め寄った。

 水野家は山内家や中西家と共に新発田藩の大身に使えていたが、その主が殺害された。殺害犯への追手として各家から一人ずつ選ばれた子息が江戸に出てきたが、路銀も尽き難渋していたのを兵庫が助けた。仕えていた主家の断絶の情報を江戸で知った兵庫は、国元に残った三家が路頭に迷う前に手紙と江戸までの路銀を届けさせ江戸に呼び寄させた。苦労して寒い時期に江戸までやって来た三家族に兵庫は生きていく場を押上の養育所に与えた。今年の二月だった。

「お気持ちは分かります・・・一存では決められませんが、山内家と相談したうえでのことですが、いざと云う時足手まといになります山内家の女を本所の柳原町の水野家の家に夜だけでも預かって頂くと云うのは如何ですか。三人居られますので預かって頂ければ一人の手助け以上の働きとなるのですが」 
「それ、お受けいたします」
「出かけるのは、子供たちを養育所に戻し終えてからですので、待ってください」
水野賢太郎の顔に笑みが浮かぶと周りに居た者たちにも笑みが伝播した。
 そこに一人・二人と片付けを終えた男の子が戻って来て、思い思いに座って大人たちを見た。
その中に菱屋の峰吉が居るのを見て、兵庫は母親の千春が二人の子供・千賀と峰吉を迎えに来ることを思い出した。だが、この事情はまだ誰にも伝えて居なかった。東都組の者の話が勇三によりもたらされたため、兵庫の行動が大きく変わり忘れていたのだ。
 昼前に押上に戻った時、千春に会い、事情が変わり、駒形で出迎えられない事を言っておくべきだったが、それさえも忘れてしまっていた。
几帳面な兵庫としては、千春が来るのを待つより仕方なかった。

 道場に全ての子供たちが集まり、兵庫の動きが起きるのを見ていた。
「先生、皆が揃いました」と乙次郎が動きを催促した。
「千賀に峰吉、朝と今とでは養育所の事情が変わりました。養育所の子供たちは戻らねばなりません。ここで母上が迎えに来るまで待って下さい」と云い、二人の様子を見た。

 ←ボタンを押して頂ければ励みになります。

Posted on 2017/05/06 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学