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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第98話 残月(その5)】 

 千賀が涙をこぼし、峰吉はうつむいた。
「何か不都合が在りましたか」
「母(かか)様が先生にお願いをすると申しておりました。だからもう少し待ってください」
「どのような話をですか」
「私たちを預かって貰う話です」
「それは、お父上に話してお許しを得ると申されていましたよ」
「父(とと)様は許してくれません。ですから、先生の奥様に相談して貰ったのです」
「志津に話せば何とかなるのですか」
「はい、奥様が約束してくれれば、父様は美しい女の人には逆らえないのです」
周りから笑い声が起きた。
「分かりました。では母上を待たずに一緒に養育所に戻りましょう。それでいいですね」
「はい」「はい」

 一方、兵庫が待って居た千賀と峰吉の母・千春は志津に急がされていた。兵庫から東都組のことで動き始めることを聞かされた志津は、動き回る兵庫に会わせるため、一時歩みを止める駒形へ急がせたのだ。
その甲斐あって、子供たちが帰り仕度を済ませた所に、千春が供の者とやって来た。
「鐘巻様、これでも急いで参ったのですよ。奥様とお話しをし、仕上がった絵を持参して頂く時に倅と娘を連れて来て頂くことに致しました」
「分かりました。その時までお預かりいたします」
「峰吉と千賀のこと宜しくお願い致します。私は観音様にお参りしてから戻ります」

 兵庫を先頭に女の子が小さい順に二列縦隊に並び女の子の後ろには乙次郎ついた。一間ほど間を取り男の子が同じく小さい順に二列縦隊に並び、殿を鬼吉が守り駒形の元養育所を出て行った。
 子供たちを見送った千春は吾妻橋まで後をついて来たが、浅草寺の方へと別れていった。
男の子を中之郷の養育所に、女の子を押上の養育所に届けた兵庫はいずれの養育所にも入らずに駒形に戻った。
 そして待って居た水野賢太郎と了源寺の茶店に向かった。
新堀川を渡り、阿部川町に入ると、
「もう直ぐですから、私から三間ほど離れ、私が入る茶店には入らずに寺に入り、暫く境内でも見ていて下さい。顔見知りが迎いに行きます」
「分かりました」

 茶店に入った兵庫は客を装いながら、同じく客を装い入っていた心太の近くに座った。
「近くに東都組の者が居ますか」
「まだ姿を見せて居ません」
そして注文を取りにやって来た田鶴に
「稲次郎さん居ますか」
「はい」
「寺の境内へ行くように言って下さい。話が有ります」
と云い、席を立ちゆっくりと寺に向かった。
 境内で先に入った水野賢太郎と待って居ると山内稲次郎がやって来た。
「おお、賢太郎ではないか。有り難いが手は足りている」と意図を察して言った。
「ご老体、私が手を貸しても足手まといになってしまいます。私は鐘巻先生のご厚意で両国橋の向こうにかなり大きな店を借り古着屋を商って居ます。落ち着くまで夜だけでも女子を預からせて頂けませんか」
「そうして頂けませんか。不安を抱えたままで居るのは良くありません」
「分かった。わしも女どもが気がかりだったのだ。賢太郎、有り難くお主の申し出を受けさせてもらうぞ」
 こうして女たちはその日の晩飯の支度を済ませ、身支度を整えると、明るい内に山内千代、八重、田鶴の三人は水野賢太郎に連れられて茶店を出て行った。
茶店に残った山内家の者は当主の康介と隠居の稲次郎の二人になり、時折訪れる客にはカラ寿司の屋台販売を浅草寺前の広小路で営んできた稲次郎が任された。
 長居の客に成って居た兵庫が、ここに送り込んだ者で姿の見えない者たちがどこに居るのか茶店の外を見回したが見当たらなかった。
「皆さんは何処に居るのですか」と同じく長居の客に成って居た心太に尋ねた。
「近くに居ることにはなって居るのですが、どこですかねぇ」
 いっぽう、茶店の外で東都組の者が来るのを見張っていた者たちも、浮がぴくりとも動かない釣りに釣場を変えたくなってきていた。その先鋒が仁吉と見張っていた中川矢五郎だった。
「仁吉、眠くなる茶でも飲みに戻ろう」
これに異を唱えるはずもなく、二人が茶店に戻って来た。参道に消えていくその姿を三五郎と見張っていた常吉が見て、見張り場を離れ茶店に戻って来た。

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Posted on 2017/05/07 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学