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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第98話 残月(その8)】 

 駒形の裏店(うらだな)から了源寺の茶店に移ったのは兵庫の紹介によるものだが、そこでの売り物はカラ寿司と団子に茶で、家賃が只という好条件だったが収入は減ったのだ。そこで常吉に蕎麦の指導を受けた康介が蕎麦を商いに加え、外に“そば”と書いた提灯も吊るした。
「蕎麦の売り上げはどうですか」
「まだ提灯代が出ませんよ」
「そうでしょうね」
「えっ? 何か悪いところが在りますか」
「やって見なければ分かりませんが、提灯を軒下に吊るしてもたまたま参道入口を通る人にしか見えないでしょう。呼び込み提灯は参道入口前の本道に掲げた方がより多くの人の目に触れるのではありませんか」
「言われてみれば、そうですが・・・」と渋った。
 そうは出来ない問題が在ったのだ。参道と本道は丁の字に交差していた。茶店は参道の入口には無く提灯を本道を通る者が見える場所に掲げられなかった。
「康介さん。ご隠居の屋台を使わせて貰ったら如何ですか」
「その手が在りましたね」
この話に隠居の稲次郎が出番が来たと喜び、残っていたカラ寿司を積んだ屋台に“そば”の提灯を吊るし、本道で商いを始めたのだ。
 江戸っ子は蕎麦が大好きである。提灯の灯りに引き寄せられて来た客に、稲次郎が、
「あそこの茶店が旨い蕎麦を始めましたよ」と案内したのだ。
「本当に旨いか」
「今日は風向きが悪いが、店まで行けば出汁の良さが判るよ。その分、二八より四文ほど高いがね」
「旨い蕎麦なら二十文は惜しくはねぇよ」
そして戻って来た客が、稲次郎に
「本物だった。久しぶりに旨い蕎麦を食ったよ」
蕎麦の客の中には屋台のカラ寿司を買って帰る者も居た。
一刻程たち五つの鐘が鳴った時、康介が、
「先生。そろそろ売り切れに成り、私たちが食う物が無くなります。屋台を閉めさせて下さい」
こうして屋台に掲げた“蕎麦”の提灯の火が消えた。
「今日は皆さんに食べて頂くために多めに蕎麦を打っておいたのですが、その皆さんが飯を食いに他所に出かけてしまい、蕎麦が余ってしまうと困って居たのですが、売り切れる心配することになるとは思っても居ませんでした」
「カラ寿司も残って居ない。これは鐘巻殿のお陰か、それとも鐘巻殿を呼んだ東都組の者たちのお陰か・・」と稲次郎が
「何よりも気分が良いのは、毎日売れ残りではなく、売り惜しみで腹を満たすことができることですね」と売れ残りを昨日まで食べて来たのだろう康介の本音だった。
三人は気分よく遅くなった夕飯を楽しんだ。

 家の女たち三人を安全のために水野家に預けたため、男たちがそれぞれ後片付け店仕舞をしていると、もう一人男が月明かりの中やって来た。
「中川様」と戸締りを始めた康介の驚いた様子が家の中にも伝わった。
皆が手を休め、外に出ると、中川矢五郎が、
「鐘巻さん、今日ここに泊まる必要はなくなった」
「どう云う事ですか」
「東都組の者十人が飯屋に現れ、皆がかなり酒を飲んだ。あれは今宵押し込みをやる者がすることではない。そのことを知らせに財布を預け、後を任せて戻って来たのだ」
「それはわざわざ有り難うございます。しかし、気に成ることは矢五郎殿の推測が一つ外れたことですね」
「言いたいのは、銭のことか?」
「はい、十人で大酒を飲み、食うと云うことは、それなりの金を持っていて、明日の暮らしの心配が無いような気がしました」
「そうだとして、その金の出どころは何かだが、考えられるのは隠し金が在ったか、あるいは事件後も稼いでいるということになるな」
「隠し金については、半蔵が母親に金を預けに行った後、留守に成った茶店に入った者の話では金箱の中には大した金は残って居なかったと聞いています。母に預けた金は奉行所に借入帳と共に押収されていますから、手下の手には渡って居ませんよ。稼ぎといっても十人が離散せずに居ると云うことは手慣れた軒賃稼ぎをまた始めたのでしょうか」
「鐘巻さん、また始めたと云うのは少し違う。軒賃を取るには、やくざ者同士で折り合いを事前に付けておく必要が在るのだ。さもないと血を見ることに成るからな。手下がまだ軒賃を集金に回って居るのなら、死んだ半蔵が折り合いをつけた店の権利がまだ生きているのだろうよ。だが半蔵が居なくなった。いつまでも甘い汁は吸わせては貰えないだろう。奴らの折り合いは力と金で付けるものだからな」

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Posted on 2017/05/10 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学