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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第98話 残月(その9)】 

 矢五郎の言葉は遠からずならず者同士の抗争が在ることをほのめかしていた。
「と云うことは、私たちが半蔵の手下を懲らしめなくても良いと云う事ですか」
「いや、その逆かも知れぬ。これ以上血を流させる必要はないだろう。半蔵が流した血だけで十分だろう」
「放っておけば、血が流れますか」
「それが、ならず者たちの掟だからな」
「半蔵の手下もならず者なら、その掟を知って居るはずでしょう」
「知っては居るはずだが、半蔵の力がならず者間の力の均衡を保って居たことに疑いを持ち、己らの力を過信することで力の均衡が保てると勘違いしているとわしは思う。鐘巻さんが半蔵を一太刀で倒したのを見ていた者が居て、十人が力を合わせれば半蔵にとって代われるとでも思ったのかも知れぬ。しかし、敵のど真ん中で酔いつぶれるまで飲む輩に半蔵の代わりは無理だろう」
「稲次郎殿、康介殿。聞いての通りです。半蔵の手下の動きについては常吉以下が見届けますので、私は戻らせて貰い、今後のことを考えさせてもらいます」
「鐘巻様をはじめとして皆様に親身あるお心遣いを頂き感謝しております。我が家の力不足は隠しようが在りませんが、参道に軒を並べる者とも力を合わせ立ち向かう力を養う所存です。とは言え、これまでと変わらぬお付き合いをお願いいたします」
「山内家の自立心の強いことには、日頃より感心をしています。養育所で預かる子供たちにとって手本です。皆様の経験を子供たちに知らせることが私の仕事に成ることでしょう」

 茶店を出た兵庫と中川矢五郎は月明かりの中無灯火で駒形まで戻って来た。
経師屋為吉の暖簾も隣の継志堂の暖簾も既に仕舞われていたが、明かりは灯されていた。
「矢五郎さん、内藤さんに事情を伝えて下さい。私は継志堂に見張りの必要が無くなったことを伝えます」

こうして兵庫と矢五郎は吾妻橋を渡り、中之郷養育所で別れ、兵庫が押上の養育所に戻ったのは五つ半頃だった。
十軒店は全て占められていたが道場口からは灯りが漏れていた。
兵庫は戸を叩き「兵庫です」と声を掛けた。
戸が開き、乙次郎が顔を見せた。
「ご苦労様です。常吉さんは戻って居ますか」
「いいえ、未だです」
「今、仁吉さん、心太さん、三五郎さんとで東都組の者の住処を突き止めるために追っているか、それは終わり戻るところかもしれません。相手は酔って居て危険は在りませんので心配は要りません。このことをお仙さんに知らせて来るまでもう少し番をお願いします」
「分かりました。姉さんも安心します」

 常吉の家は養育所内に立つ五軒長屋の東端である。まだ主が戻って居ないため腰高障子を灯が照らしていた。
兵庫らしい足音を立てながら戸口に立つと、
「お仙さん、常吉さんは出先から戻るところだと思うのですが、もうすぐ木戸が閉まるので帰りが遅れるかもしれません。心配なさらずお待ちください」
「先生、わざわざ有り難うございます」とお仙の返事だった。
 更に兵庫は向かい側に立つ雨戸が閉められた母屋の外から、
「道場口で帰りを待つことにします」と志津に告げ裏庭から姿を消した。
 この家の主・兵庫が戻ったことに気が付いたのは鳴くのを止めた秋の虫だけではなかった。
道場口で番をしていた乙次郎を新居となった向島の家に送り出した兵庫が、代わりに七輪に掛けられていた薬缶の湯を飲み番をしていると足音が屋敷の庭から聞こえて来た。
姿を見せたのは甚八郎、小六だった。
「先生、聞かせてください」と甚八郎が頼んだ。
兵庫は出来事を話し、今日の最終纏めは常吉が戻って来ないとはっきりしないがと前置きして
「矢五郎殿の話ではこのまま放っておくと東都組の手下たちが同業の者たちから制裁が加えられるだろうと言われました。頭の半蔵が死んだため力関係の均衡が崩れたためだそうです。瘤やあざでは済まず血を見るだろうとのことです。どうしたものかと悩んでいます」

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Posted on 2017/05/11 Thu. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学