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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第98話 残月(その13)】 

 押さえつけられ治療を受ける勘三郎と富五郎が痛みを堪えるのを見ていた中川矢五郎が碁四郎に、
「彦四郎一人が、ここに残るだけで船に乗りきれますか」と自分も残りたいのだろうか、尋ねた。
「平気ですよ。いざという時には勘三郎さんが乗って来た猪牙もありますから」とそっけない返事だった。
これが切っ掛けで船頭の捨吉と銀太が船の支度のため、船宿浦島を出て行った。
こうして東都組の手下十人と、それを襲った生き残りの二人を加えた一行が二艘の船で、柳島の船着き場に着き、押上の養育所に戻って来たのは七つ(午前4時頃)の鐘が鳴る前だった。

 無事、押上に戻って来た兵庫等を留守をしていた女たちが出迎えた。
腹を空かせた男たちに蕎麦を振る舞った。食べ終わると養育所以外から来た者たちは、“今朝は大人たちの朝稽古は中止”と云う朝寝が出来る時の土産を持って、それぞれの家・屋敷に帰って行った。
 連れて来られたならず者十二人も差別されることなく扱われた。それは厳しい縦社会に身を置いて来た男たちに理解できないことだった。だが、それは男たちにとって味わったことのない心地よさでもあった。
その余韻に浸っていると、女が顔を見せ兵庫に頭を下げた。
「布団が敷けたようです。ここの朝は明け六つです。一刻と短いですが休んでください。ここを出て行くのは勝手ですが、それで私たちとの縁は切れたと思って下さい。尚、ここに居る間は仲間ですから喧嘩はゆるしません」
二人は常吉や佐吉の肩を借り十人とは別々の部屋に案内され短い眠りについた。

 嘉永六年九月十五日(1853-10-17)、養育所の起床を促す明け六つの鐘が鳴った。
ただ女たちは男たちの寝不足を気遣ってか、起こせば騒がしくなる子供たちを起こさず、静かな夜明けを迎えるはずだった。
 しかし、皮肉なことに未明に養育所に連れて来られた男たちは、養育所の起床は明け六つと聞かされていたため、鐘の音を聞くと起き始め、閉め切られていた雨戸を開け始めたのだ。
 一方、兵庫もいつものように起き、いつもの手順を踏んでいた。大人たちの朝稽古は中止にしたが、中之郷養育所から来る子供たちの朝稽古が四半刻後に始まるからだ。子供の朝稽古にも兵庫は剣術方の筆頭として参加が求められていたのだ。
 鐘巻家の仕事、倅・千丸のおしめを洗い干し終えた兵庫は、二階から飛び降り片足を折り、もう片方も痛めた勘三郎と富五郎が寝ている部屋に行った。
「眠れなかったでしょうが、起きて貰います。人を呼びますのでそのままで待って居て下さい」と部屋に入り雨戸を開けた。
通りかかった常吉に、
「勘三郎さんと富五郎さんが動けずに暇を持て余すでしょうから、道場近くにターフル(テーブル)と椅子を置いて見物できるようにして下さい。私は稽古仕度をしますので」
「ターフルは正座が出来ぬオランダ人が持ち込んだ物だそうですからおあつらい向きですね。直ぐ用意します」

 自室に戻った兵庫が稽古仕度を済ませ庭に下りると道場の外回りに頼んだターフルと背当ての付いた椅子が置かれているのが見えた。そして母屋の影から常吉と乙次郎の肩を借りた勘三郎が、その後に東都組の肩を借りた富五郎が現れた。
命を狙われた者たちが狙ったものに肩を貸すとは想像もしていなかった兵庫は驚きと嬉しさに襲われ、言葉が出なかった。
それは兵庫より早く道場で体の筋を伸ばしていた根津甚八郎と近藤小六も同じだった。
「鐘巻様、私たちも見物させてください」と東都組の者が頼んだ。
「どうぞ、大人相手でしたら剣術に参加して貰っても構いませんよ。ただし防具が足りませんので痛いのは我慢して下さい」
 兵庫がいつものように身体をほぐす大きな舞を踊り、暫くしてその動きを終らせた。
それを待って居たのだろうか、椅子に座り、ターフルに手を乗せ身体を支えていた勘三郎が、
「鐘巻様、子供たちが参る前に、私が指名する大人との稽古を見せて頂けませんか」
「なんとなくお気持ちは分かります。お気持ちを晴らすには早く良くなり、竹刀で立ち会える日が来ることを楽しみにしています。今日はその代わりとして何方と立ち会えば宜しいのですか。受けますので教えて下さい」
「無作法な申し出をお聞き入れ頂き有り難うございます。相手をして頂きたいお方は、これまた無作法で申し訳ないのですが、東都組の竜三郎さんです」

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Posted on 2017/05/15 Mon. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学