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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第98話 残月(その14)】 

 名を言われたが、東都組の者で名と顔を知る者は伊佐次と忠治だけで竜三郎と言われても分からず、東都組の者を見回した。そして
「遅れました。私は鐘巻兵庫と申します」と改めて名乗り、
「竜三郎殿は何方でしょうか」と尋ねた。
「私ですが、鐘巻様と立ち会うほどの腕前では御座いません。勘三郎さん、なぜ私を・・なぜ私の名を・・」
「あなたが竜三郎さんでしたか。私と富五郎が狙ったのはあなた一人の命だったのです。あなたが居なくなれば東都組のタガが外れるからです。ただし腕が立つので用心しろと言われていたのです。もっともあなたを探そうと部屋に入った時、“鐘巻兵庫参る”と聞きたくない名が耳に入り、恐怖心に襲われ、役目を果たさず逃げ出すはめになった訳です。東都組の頭・半蔵さんに見込まれていた竜三郎さん、あの半蔵さんを一太刀で倒したと聞く鐘巻様を竹刀でもいいから、打ちすえたくはありませんか。その真剣な勝負を見せて欲しいのです」
「私も鐘巻様の名を聞き、足がすくみ逃げ出すことを諦めていたのです。そのお陰で足を折らずに済みました。その代わりに竹刀で打たれ痛い思いをさせて貰います」
こうして、防具を外した兵庫と竜三郎が竹刀を持って向かい合った。
兵庫の気合に続き聞きなれぬ奇声が飛んだ。
それが十軒店で保安を勤めていた剣術好きの常吉と乙次郎を呼び込んだ。
 互い正眼に構えるまでは真っ当なものに見えたのだが、互いの切っ先の間隔を維持しながら竜三郎は進み出たのだ。分かりづらいのだが竹刀を引き付けながらその分前進するという間合いの詰め方で、錯覚させるものだった。
ただ、兵庫はこれまでに異能な剣術に接することも多く用心するのだが、竜三郎は向かい合ってから動きに停滞が無く、兵庫は相手の動きに素直に応じるだけだった。
竜三郎が縮んだ腕を伸ばしながら突きを入れたが、これは兵庫の読み筋で、払い退け、小手か面を打つつもりだったのだが、払われるのは竜三郎の読み筋で、一瞬竹刀を下げ空振りさせ、兵庫の竹刀が流れている間に竜三郎は竹刀を戻しながら再度突きを入れて来た。
常人ならこの突きが決まっただろうが、兵庫の動きは最小限で無駄な力も使わない。
空振りさせられた竹刀を戻すのが、竜三郎が下げた竹刀を戻すのと同時で、竜三郎の二度目の突き出す竹刀は兵庫に払われ、更に面を打たれていた。
 この後も稽古は続けられた。
竜三郎の剣術は一人芝居を演じるかのように、構えを変え兵庫に挑んだ。そもそも不意打ちを得手とするもので、互いに構え合って行う剣術とは異質で、兵庫を驚かせたのは最初の手合わせだけで、竹刀を兵庫に当てることは出来ないうちに、子供たちがやってくる声が聞こえて来た。
 兵庫が引き
「子供たちが参りました。これまでにしましょう。稽古がお望みでしたら道具を用意しますので暫くお待ちください」
「有り難うございます」

 稽古仕度を済ませた子供たちが次々と道場口を抜け、姿をあらわすと、道場に居た男たちの目が注がれた。
 全員が揃うと、小さな子を先頭に道場に向かって走り出したが、道場には入らず母屋の東端の部屋の廊下に座る美しい女の前まで行き、それぞれが、「母上、お早うございます」の声を上げ、一人一人が母親に触れて貰い、道場にやって来た。
そして、「皆さま、お早うございます。稽古、お願いします」と頭をさげた。
 子供たちの稽古相手は、兵庫、近藤、甚八郎、常吉、乙次郎、鬼吉と少し遅れて来た坂崎新之丞の七人に、ほぼ倍の人数の子供たちとの巡り稽古が行われた。
兵庫が「変われ」と声を上げるたびに相手を変える者、休む者、稽古に加わる者と動くのだが、それがよどみなく行われ、昨日今日に始められた稽古ではないと誰しもが思うのだ
 そしてよどみない動きは、美しい女が再び廊下に姿を見せると、兵庫が稽古を終わらせた。子供たちは稽古指導者に礼を言い、母と呼ぶ女の元に行き、挨拶し、揃って帰って行く様子にも見られた。
 更に、大人たちの稽古はしないと聞かされていたのだが、稽古を止めたのは中之郷に戻る坂崎だけで、他の六人は激しい稽古を板木が打たれるまで続けた。
そしてそのよどみない動きは稽古を見物していた者たちへ向けられた。
「お客を広間に案内して下さい」
と兵庫が言っただけで、歩ける者は広間に連れて行かれ膳を前に座らされ、歩けない二人には介助者が二人ずつ付き、席を立たせると他の者がターフルと椅子を広間の廊下に運び、再び二人をターフルまで連れて行き座らせたのだ。

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Posted on 2017/05/16 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学