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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第99話 標的(その2)】 

 新門に挨拶を済ませた兵庫は、駒形に取って返した。
そこには荷を積み上げた一台の大八車と番をする万吉が居た。
「お待たせしました。直ぐに出ます」
「先生、店に入らずに、ゆっくり食べさせてあげて下さい」
「分かりました。隣の継志堂に行っていますので食事が終わったら声を掛けて下さい」
「はい」
兵庫が暖簾を潜った継志堂は養育所が経営する薬屋である。
 薬に対し何の知識実も無い養育所が薬屋を営むように成れたのは兵庫の人一倍の好奇心と面倒見の良さが呼び寄せた運かもしれない。
須田町に在った薬種問屋・山形屋が賊に入られ、主が殺害された。賊は直ぐにつかまったが盗んだ物が多量の阿片だった。これで山形屋は闕所になり、その後の入札で山形屋を養育所が手に入れた。更に連座で牢に入って居た山形屋の使用人が牢から出て来たのを雇い、薬販売を始めたのだ。その後、須田町の山形屋を手放し、駒形に店を開いた。
「常八さん、仕事を暫く滞らせてしまい、申し訳ありませんでした」
「大したことではありません。御用聞きが遅れたため、いつもの武三と三次の他に田作が加わっただけです。御用聞きがやっと出来ると田作が喜んでいましたよ」
「と云う事は、御用聞きを今後もやらせればお客を増やすことが出来ると云うことに成りますね」
「はい、上の者の得意先を田作に譲り、空いた時間で新しい客を探すことを始める時期が来ていたようです。それにしても養育所、人のことは言えませんが変わった人が増えましたね」
「常八さん、養育所の発起人の私、山中さん、内藤さんが普通の人に見えますか」
「そもそも、養育所をやろうとする人に普通の人は居ないでしょうね」
「ですから増えた皆さんは養育所の仕事に向いて居るのではありませんか」
「そうなりますね」
笑いが起こった。
「先生!」と兵庫を呼ぶ万吉の声が聞こえて来た。
「それでは、浪人の方々を中之郷、押上に案内してきます」
 継志堂の外に出た兵庫は浪人五人と二人の女を見て、継志堂の前から
「顔を覚える都合が在りますので、これからお名前を呼びます。その順でこちらまで歩み寄って下さい。浜中松之助殿」と懐から取り出した名簿を見ながら呼んだ。
呼ばれた浪人一人が歩み寄り止まった。
こうして浜中松之助、反町半四郎、金子鉄太郎、矢田部林太郎、山口藤十郎、その妻・小百合、娘の百恵が一列に並んだ。
「それでは、これから川向こうの本所に渡り、中之郷元町の屋敷に案内いたします」
兵庫を先頭に浪人が五人と浪人の妻と娘が、そして最後尾には万吉が牽く荷を乗せた大八車が続いた
途中、会話は無く大川に架かる吾妻橋を渡り本所へと入った。
「もうすぐ俗に彦四郎屋敷と呼ばれる所です。ここには浜中殿、反町殿、金子殿、矢田部殿に住んで貰いますのでご自分の荷を下ろして下さい。ただし、養育所を知って頂くために次の押上の養育所まで御同道願います」
程なくして、町中に在る侍屋敷にやって来た。
開け放たれた門を通り人と荷が玄関先で止まった。
兵庫が玄関先の板木を二度打つと庭から番人の仁吉が、家の中から中川彦四郎の妻・雅代が現れた。
「奥様少し話を変えました。今日からこちらにお願いする御浪人五名については四名としました。ご覧の様にお一人はご家族をお連れですので、ひとまず押上で暮らして頂きます。これが新しく加わる方々の名簿です。申し訳ありませんが、写し、戻して下さい」
「分かりました。四人の方々部屋に案内いたしますのでお上がりください」
暫くして四人と、名簿が戻って来た。
「それでは押上に参ります」
一行が養育所が見える所まで来たところで、
「あれが養育所です」
さらに近づくと、通りで遊ぶ子供たちの姿が見えた。勿論、子供たちからも侍たちがやって来る姿が見える。先頭を歩く兵庫を見て一瞬生じた緊張が解け“兄上!”の声が聞こえて来ていた。
そして、養育所の表十軒店までやって来ると、子供たちが
「いらっしゃいませ」と迎えた。
子供たちの勘は鋭い。客と思って居たのに、大八車に荷を積んできている。そして男たちに隠れるように女が二人居るのを見て、単なる客ではなく、ともに暮らす者が来たことを知った。
 そして小さな女の子がやって来た女、小百合と百恵の手を握って歩いたのだ。
「男の子は、荷物を部屋に運んで下さい」
兵庫の一言を待って居た男の子が大八車に群がり、荷物を持ち道場口から養育所の中に入って行った。そして大八車の荷が無くなった。
「万吉さん、有り難うございました。駒形へ戻って下さい」
大八車が来た道を戻り、やって来た者たちは十軒店の表口を抜け母屋の中へ入った。

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Posted on 2017/06/30 Fri. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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