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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第98話 残月(その53)】 

 帳場に残ったのは、兵庫、内藤、常吉、乙次郎そして久蔵と繁蔵の六人だった。
「何人が戻ってきますかね」誰もが感じていたことを乙次郎が言った。
「折角、風呂に入れ床屋に行かせたのに・・奥様や子供たちに会って居れば十三人が間違いなく戻るでしょうが運の無い野郎だ」と常吉が応えた。
「飯付き、寝床付きで日に一朱は、荒くれにとって望外の手当てだよ。最近始まった品川沖の台場造りの手当てと同じだが、あっちは飯も寝床もついて居ないからな。鐘巻様を信用した者なら戻って来るよ」と久蔵が言った。
「戻って来なかったら、信用されなかったことに成りますね」と兵庫が上げ足を取ると
「そう云う事ではありません。鐘巻さんが信用されないとしたら、それは前の主の私が信用されることをしてこなかったからですよ」と久蔵が繕った。

 八つの鐘が鳴った。
「それではお二人を中之郷の屋敷をチラッと見せてから向島の圓通寺に預けに行って来ます」
「折角床屋に行ったのに、坊主か・・」
浮世の表舞台を騒がして来た男が未練を漏らした。
「髪は落としても首とは違い生えてきますよ」
「早く落とせばその分早く生えると云う事なら、早く行きましょう」
 駒形を出た兵庫等は吾妻橋を渡り中之郷の屋敷に近づいた。
「今、中之郷の屋敷には皆さん方の子分だった総三郎さんと喜重さんがいます。お二人は捕らえられたことを恥じて居ますが、十三人も、お二人も似たような状況でした。皆に新しい生き方に向かっていることを伝えて下さい」
「ああ、東都組の者と和解したことも合わせて伝えるよ」
「有り難うございます」

 屋敷までやって来ると門は開けられていた。
「ここが継志館中之郷養育所です」
「立派な長屋門に、その様な看板が掛けられて居ますね」
「はい、元は旗本の抱え屋敷でその様な格式で造ろうとしたようですが、資金不足か中の長屋は不完全です。もう武家屋敷ではないことを分からせるために、普段は門を開け、門柱にあのような看板を掛けて居るのです」

 門前で兵庫はこれまで行動を共にしてきた常吉と乙次郎に、
「ここでの挨拶を終えたら押上に寄りますので先に戻って伝えて下さい」
「分かりました」と云い、二人は駆け去って行った。
 屋敷内に入った久蔵と繁蔵は客間に通された。そしてそこに、総三郎と喜重が呼ばれ、兵庫と留守居役の中川彦四郎が立ち会った。
「既に十八日の夜起きたことを聞いて居ると思うが」と前置きして久蔵と繁蔵の二人が互いに不足を補うように、二人の立場から昨晩からここに来るまでの話しを始めた。
そして、
「昼に駒形を離れた十三人の何人が戻り、ここに来るかは分からぬが、中川様の言いつけを守り互いに助け合い、養育所のために働いてくれ。わしと繁蔵は、これより向島の寺の厄介になることに成り、亡くなった正一の供養をさせてもらう」
「お体にお気を付けください」

 中之郷を出た兵庫の足は押上に向かって急いでいた。
「あの畑の中に在る黒板塀の中が押上の養育所です。今は表の塀を皆で十軒長屋に建て替え、十軒店と称し、素人が商いをしています」
 兵庫たちが近づくと、表で遊んでいた子供たちが
「兄上、お帰りなさい。母上がお待ちですよ」
「皆が居てくれたから母上も心強かっただろう。有り難う」
 表口から入った兵庫は久蔵と繁蔵を広間に案内した。
そこには既に、両脇を常吉と乙次郎守られ、椅子に座る勘三郎と富五郎の姿があった。
兵庫は二人を兵庫の右脇に座らせ、待った。
子供たちが続々とやって来て席を埋めて行った。そして志津が赤子の千丸を抱き部屋に入って来た。
いつもと変わらぬ光景で養育所の者たちは兵庫の脇に座って居る二人を見ていたが、その二人は志津が兵庫の脇に座るまで見続けていた。
その二人の脳裏に、常吉が言った
“奥様や子供たちに会って居れば十三人が間違いなく戻るでしょうが運の無い野郎だ”の言葉が思い出されて来ていた。
「私の隣に居るのは勘三郎さんと富五郎さんのお友達の久蔵さんと繁蔵さんです。皆が怪我した二人と仲良くしていることを伝えたら、お礼を言いたいと、忙しい中来てくれました」と云い久蔵を見た。
「男の子、女の子、私たちの友達、怪我をした勘三郎さんと富五郎さんに仲良くしてくれてありがとう」と云い、繁蔵を見た。
「お陰で二人の元気な様子を見ることが出来て嬉しいです。有り難う」としめた。

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Posted on 2017/06/24 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学