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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第98話 残月(その34)】 

 兵庫や元東都組の者たちが道場で話をしている時、一見してやくざ者が二人薬屋・継志堂の暖簾を潜った。
「いらっしゃいませと番頭の常八が迎えた」
「傷薬は在るか」
「はい、子供のすりむきから刃物の傷まで色々と取り揃えて御座います」
「刀創用だ」
「それでしたら、黒船騒ぎでお武家様方に評判の物が御座います。血止め、化膿止めを加えた物で、油紙、包帯と組にして薬納袋に入れて在ります。たいていの傷ならなんとかなるもので、さらに携帯出来るので有難がられました。刀傷の手当は早いに越したことは御座いませんからね」
「薬効は確かだろうな」
「大道で売る、がまの油とは違います。薬効は斬られ彦四郎様の傷養生に使われたものですから、言うまでもないことで御座います。壁に貼ってあります浮世絵をご覧ください」
壁には先日、大神田太白が描いた“斬られ彦四郎”の浮世絵が二枚張られていた。
「よく手に入ったな」
「はい、彦四郎様からの頂きものです御座います」
「それでは、その評判の薬を見せて貰おうか」
「藤吉さん、一つ持って来て下さい」
「はい、お待ちください」
 藤吉が奥に入って行くと、客の一人が通り庭伝いに奥へ入ろうとした。
「お客様、立ち入り禁止で御座います。暇を持て余しています用心棒の御浪人様に、叩かれますよ」
「ここは薬屋だ。その時は打ち身の薬を買うよ。心配するな」
「知りませんよ」
男が裏へと通じる通り庭を進み、掛かる通り暖簾を潜り、数歩歩いたと思われるところで、バシッと物を叩く音に続いてイテェーの悲鳴に近い声が帳場に聞こえて来た。
そして鈍い音とうめき声がして、通り暖簾が動き、男そしてその男の後ろ襟を掴んだ甚八郎が出て来た。
「番頭さん、この男が部屋の様子を見に来たぞ。何者ですか」
「こちらのお客様のお連れです。立ち入り禁止だと止めたのですが・・」
「私には私の役目があります。客と云う事でしたら許しますが、本当に客ですか。何を買いましたか」
 そこに薬を持った藤吉が戻って来た。
「お客様、どうぞご覧ください。この薬納袋の中に先ほど申しました塗り薬、油紙、包帯、説明書きが入って居ます。おいくつ用意いたしましょうか」
「・・・」
客と客の連れは顔を見合わせた。
「番頭さん、こいつ等は客ではなさそうだ。客なら私も言い訳ができるが、その証が無い者に中を見られてしまった。そのことでもし不都合が生じた場合、私は言い訳が出来ません。役目上明日の茶会が終わるまではこの者を監禁させて貰います」
「客です。幾つ買うか、値段が分からないので迷っていただけだ」
「一袋が一分御座いますが、お二人に買って頂かないと・・・」
「高(たけ)え・・・」
「医者に行ってはもっと高い上に間に合わずに、坊主の所に回されますよ。首切り役人の刀の研ぎ代が二分です。半値で命が取り戻せるなら安いでしょう」
「分かった。買う。二人で二分だな」
「左様で御座います。藤吉さん、もう一つお願いします」
「今、作らせています。五つぐらい裁けると思ったのですが・・」
部屋暖簾が動き大吉と武三が薬納袋を持って出て来た。
「はい、残りの四つです」
「済まない、あと一つで良いそうですので、残りは何処かで馬鹿が刃傷事件を起こすまで仕舞っておいて下さい」
下見に来たと思われる二人は、思わぬ買物をさせられ、継志堂を出て行った。

 ただ下見と思われる出来事はこの後も起こった。
五人の浪人連れが店にやって来たのだ。
「いらっしゃいませ。そちらのお武家様、腹痛のようですね。もしそうでしたらよく効く頓服が御座います」
「分かるか。もう腹には入って居ないはずなのだが差し込んで来るのだ」
「何か悪いものを食べたのでしょう」
「皆同じものを食べたのに拙者だけか、貧乏くじか」
「そうしたことは間々御座います。魚といっても鯛もあれば鰯も御座います。少々白粉臭いですが女子を食しましたか」
「女子に当(あ)たったのか」
「腹下しだけなら結構ですが、思わぬ貰い物をすることも御座います。まだ身に症状が現れる前ですが、紫金膏とか五淋酸を使っては如何ですか。それでしたら一朱で用意できますが」
「安物買いの銭失いだな。一朱の金も残っては居らぬ」
「不思議ですね。金がないのに高いと思われている薬屋に揃って来るとは、何が狙いだったのですか」
「忘れた。思い出したら明日にでもまた来ることにするよ」
「お待ちしています」
浪人たちは帰って行った。

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Posted on 2017/06/05 Mon. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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