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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第98話 残月(その36)】 

 予定外の話を受けた兵庫は、甚八郎が控えている継志堂の奥座敷に戻った。
「甚八郎、昼飯後、押上に戻る仕事が出来た」
「何ですか」
「坂崎さんが、女と子供たちが中之郷に移る時の警護を譲ってくれたのです」
「そのお役、私でも先生に譲りますよ」
「そうか、実は私も苦手なので頼んだのですが・・丁重に断って来ました」
「お雛様のお練りに付き合えるのは先生だけですよ、ここでじっとして居るのも気がかりでしょうから、行って来て下さい」
「坂崎さんがここに来たら出て行きますので、戻るまで宜しく頼みます」

 昼前に乙次郎がやって来た。
「道場に用意した物を並べましたので見て下さい」
見に行くと道場の床に、捕縄、木刀、六尺棒、竹刀、鉢がね、籠手、鎖帷子が並べられていた。
「防具は何組在りますか」
「内藤先生に頼み、東都組の十人分を、交換、補修用として保管されていた物から出して貰いました」
「着け方を教えておいて下さい」
「はい、飯を済ませたら」

 正午の鐘が鳴り、男たちは昼膳を貰いに台所へ向かった。
賄いをする者が今は内藤の妻・お雪と大工の新吉の妻・お糸の二人に成って居てとても配膳までは出来ないからだ。以前は裏店(うらだな)に住む山内家から女が二人来て手伝っていたが、今は了源寺門前町の茶店に一家が引っ越したため居ない。
また、ここでは継志館子供預かり所を開いていて、子供たちの世話をする女が二人居るのだが、道場の取り壊しが始まると、子供たちを連れて近くの寺の境内に遊び場を求めて出かけていて手伝えない。
これも元はと云えば、東都組が軒賃をせびりに浅草に、それも駒形に現れたことに起因するのだが、そんなこととは露知らず膳を貰うと、取り壊しが停まった道場に運び、旨そうに食べて居るのだ。
 ガサツな男たちが食べ終わった膳を片付けていると、表から声が聞こえて来た。
「坂崎さんが来られたようです。私の膳、誰か頼みます」
 兵庫は道場に掛けておいた刀を掴むと、帳場へ出て行った。
「鐘巻さん、すみませんね。私は稲と歩くのでさえ気恥ずかしいのです。奥様達を迎えに、しかも裃姿で丁重にと中川さんに言われ、お断りすることにしました」
「元々私がする仕事だったのですが、中川さんに押し付けた私が悪かったのです。志津が呼んだ女子は多いのでしょうね」
「はい、その様です」
「女や子供たちと歩くには忍耐が必要です。しかし一方で優しく成れるのです。今日、押し込んで来る賊が居れば、女・子供たちに感謝すべきでしょう」
「優しく成れる・・それは気が付きませんでしたが、周りに多くの悪党上りが居るのは鐘巻さんの優しさの表れかもしれませんね」
「行って来ます。すぐ戻りますが、今日のことは根津に話してありますので聞いてください」

 押上に着き、表口から入り一歩母屋に足を踏み入れると、土間には外出用と思われる女用の草履が並んで居た。そして流れる脂粉は女の園に紛れ込んだと思わせた。
己の部屋に入ると志津が
「やはり、旦那様になりましたか」
「はい、坂崎さんが譲ってくれましたが他にもここに来る用事があったのです」
「どのような」
「今夜、やくざ者の家に押し込むのですが、浪人姿の方が目立たなくて都合が良いので着替えに来たのです」
「分かりました。目立たない物をお出ししますので、先ずはそちらに用意しました中之郷までの物にお着換えください。その方がいつもよりは着飾った女子の前を歩いても目立ちませんよ」
「なるほど、花の前では花の男の子の方が目立ちませんね」
 裃姿の花の男の子に着替え終えた兵庫に、志津が風呂敷包を手渡した。その中には修行時代のほころびを繕い、また洗い落とし切れない染みが残った、掃き溜めに入る時には目立たない衣服が入っていた。
「それでは、草履を履いて外でお待ちください。花を引き連れて参りますので」
「はい、この姿で長く待たされるのは目立ちますので、早く出て来て下さい」
「分かっております」

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Posted on 2017/06/07 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学