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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第98話 残月(その54)】 

 兵庫が久蔵と繁蔵を押上に連れてきた訳は、話だけではなく実際に勘三郎と富五郎が匿われ生きていることを見せることだった。また、勘三郎と富五郎には先日まで親分であった久蔵と繁蔵がその威を失い、もう親分ではなくなっていることを知らせ、やくざに戻る道を狭めるためでもあった。
 連れてきた用が終わったと思い、兵庫が隣に座る志津に何かを言って貰おうと見た。
「叔父様、猫の赤ちゃんも勘三郎さんと富五郎さんを喜ばせたよ」と猪瀬阿佐から預かって居る多美が言った。
「フクの赤ちゃんは、今どこに居る」と兵庫が問いただした。
「勘三郎さんと富五郎さんのお部屋だよ」とお玉が応えた。
「それでは、後で猫ちゃんにも挨拶に行って貰います」
「それと、男の子たちは今日、中之郷に戻る予定でしたが、久蔵さまや繁蔵さまのお知り合いがお越しになるので、暫く延期します」と志津が云うと、男の子の顔に笑みが浮かんだ。
「それでは解散します」
 動きが生じ、勘三郎は常吉の肩を、富五郎は乙次郎の肩を借り、空いた手には杖を持って歩き始めた。折ってしまった片足は宙に浮いているが、もう片方の痛めた足にはそれなりの力が入るまでに回復してきていた。その後を兵庫等がついて行った。
部屋には既に、お玉、鈴、多美が来ていて子猫と戯れていた。母猫のフクは子育ての場と決め込んだのか部屋の隅に置かれた座布団の上に横に成り四匹の子猫が遊ぶのを見ていた。
 そして部屋に勘三郎と富五郎が入って来ると、フクがミャ~と鳴いて、起き上がると縁側から外に出て行った。
「鐘巻様、見ましたか」と勘三郎が言った。
「はい、子供は任せたよと云っているようでした」
「はい、これまで同じようなことがなんどもありました」
そして勘三郎と富五郎が布団の上に横になった。
「今回は俺の番だ」と富五郎が言い
「ミャ~」とフクの鳴き声をまねた。
すると、子供たちと遊んでいた子猫が遊ぶのを止め、富五郎の脇腹と腕が作る隙間に入り込んだ。
子猫を富五郎に取られた子供たちは、次の遊びを求めて部屋から出て行った。
「聞いて居るかもしれぬが、わしと繁蔵さんは罪滅ぼしのため向島の圓通寺の世話に成り行く。お前たちにはそのような大怪我をさせて申し訳なかった。寺は近くだそうだ。早く良くなり、その姿を見せに来てくれれば有難い」
「はい、皆様のお陰で片足の方は腫れもだいぶ引きました。人様の肩を借りるような、両脇の下に挟む杖も先日試し、今高さを合わせて頂いています」
「そうか、それは良かった」
「近いのはお互い様です。良く成ったら参りますので、それまでは、そちらの姿を見せに来て下さい」
「それでは、寺に行って来ます」

 兵庫は表通りに出ると、北十間川の向こうを指さし、
「田んぼの先に見える森が見えるでしょう。あそこが圓通寺です」と教えた。
しかし、兵庫の足はなかなか圓通寺に近づかなかった。
「鐘巻様、どちらへ行かれるのですか」といぶかしげに尋ねた。
「お気づきでしたか。実は何故圓通寺なのかを知って頂くために寄り道して居るのです」
「寄り道先は圓通寺と縁の在る所ですか」
「圓通寺とではなく、寺に埋葬されている方と縁がある所です」
「鐘巻様から埋葬されている方と聞かされると、失礼ながら血の匂いがしますね」
「はい、多くの方々が亡くなった所です」
「そこで亡くなられ方々が圓通寺に埋葬されて居る訳ですな」
「そうです。あの建物がある一角が養育所の持ち物で、これから行くところです。主は
村上茂三郎殿です」

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Posted on 2017/06/25 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学