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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第100話 共喰い(その18)】 

 浪人たちの素直に応じる姿は好ましいものだった。兵庫は少しばかり踏み込むことにした。
「皆さん方は、勝五郎さんの子分衆八人を手玉に取ったと弥一さんから聞いて居ます。私と年齢は然程変わらないと思うのですが、ご浪々では剣術修行に時を費やせたとは思えませんが、お身内は居られますか」
「読みましたね。私は二十六歳ですが、今年の夏に家出しました。藩名は云えませんが」と加瀬が言った。
これに同調したのが二人居た二十歳の本庄と二十一歳の西沢だった。
「脱藩が今年の夏と云うと、黒船ですか」と尋ねると、首を縦に振った。
「私は三十歳、剣術は浪人だった父に仕込まれました。両親とも亡くなって居ます」
と新藤だった。
「私は孤児で、拾われて育てられました。たまたま育ての親が浪人で剣術が好きだったので習っただけです。ある日斬られて戻ってきましたが死にました。その後は主に道場の食客として暮らしてきました。今年二十二歳と云うことに成って居ます」天道が語った。
「私は、奉行所与力の三男で鏡新明智流を学び、二十歳の時板橋で雲風流を学び、その後屋敷に戻らず駒形で地天流の道場を開きました。金にはなりませんでしたが、多くの友を得ました。二十四歳です」
「私は旗本の倅です。父が霞塵流を起こし、私は三代目です。家を出て船宿の主に納まっています」と碁四郎が自己紹介した。
無名だが兵庫と碁四郎が剣術の道統の祖であり三代目と知った若い男たちの目が輝いた。 
しかし、兵庫が、
「私たち五人はこれから、墓参りや挨拶に回らねばなりませんので、これ以上の話は越谷に行く道中、戻る道中で居たしましょう。暫くここでお待ちください」

 茶店を出た兵庫等五人は斜向かいの千疋屋に向かうと店先は綺麗に箒目が入れられていた。
ここで兵庫は、弥一を先頭に仙吉を殿(しんがり)にして入っていった。
時間は別として、今日、弥一がしかるべき者たちを連れてくることは知って居たから、客を迎えるべく、土間に続く上がり部屋に控え番がいた。
五人の姿を見た番人の猪之吉が、
「姐さん、弥一さんが仙吉様とお客様をお連れ致しました」と奥に声をかけた。
出て来たのはお麦で、板の間に座り
「ようこそお越し頂き有り難うございます」と頭を下げた。
「奥様、先ずは十兵衛さんの墓参りを済ませてからご挨拶させて頂来ますので、お墓はどちらでしょうか」と弥一がこちらの都合を話した。
「それはいけません、十兵衛は仙吉様が跡を継いだ姿を見たいはずですから、先にお上がり頂き、跡目の杯ごとを先に済ませてから、東福寺へご案内いたします」
流れが変わったので、弥一が兵庫を見た。
「鐘巻と申します。有り難いお言葉を賜りました。お言葉に従います」
上がると、二間(ふたま)を使った座が出来ていて、上座に十兵衛の白木の位牌が文机の上に置かれ、文机の前には杯と銚子を乗せた三宝が置かれていた。
部屋の片側に、仙吉、兵庫、碁四郎、乙次郎、弥一の五人が座らされた。
待って居ると、先日四本柱の儀式のときに十兵衛とやって来た七人がお麦を先頭に姿を見せ、お麦が仙吉と対面するように対座した。
「鐘巻様を始めに皆様方、お忙しい中遠路お越し頂き有り難うございます。亡き十兵衛の願いは仙吉さんを跡目にすることでした。その跡目の儀式を鐘巻様に執り行って頂きたくお願いいたします」
「これは予期せぬことを仰せつかりましたが、不調法で何をすればよいのか・・・」
「十兵衛が跡目を仙吉さんに託した訳を私たちは知りません。その辺を教えるよう約束させて欲しいのです」
「分かりました。仙吉さんや乙次郎さんが養育所に来てから身に付けたことで共通することを教えると云う事で宜しいですか」
「はい、お願いします」

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Posted on 2017/08/31 Thu. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学