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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第99話 標的(その34)】 

 明けて嘉永六年九月二十二日(1853-10-24)の夜が明けた。空模様は雨を占っていたが、兵庫は子供たちを連れて、村上屋敷に寄り象二郎を加え、向島の圓通寺まで朝駆けを行った。
兵庫は寺に預けた二人のやくざの親分、繁蔵と久蔵に聞きたいことが在ったからだ。
寺に着くと、兵庫は子供たちに「額賀殿らの墓に手を合わせて来なさい」と云い、己は境内に舞い降りた落ち葉を掃き集めている、坊主頭に向かって近づいた。
「繁蔵さん、お聞きしたいことが在って参りました」
「何ですか」
「入谷に一家を進出させた切っ掛けを教えて下さい」
「切っ掛けは黒船が来たからですよ」
「黒船が来ると、浅草にやくざが進出する訳を分かりやすくお願いします」
「それは黒船騒ぎで幕府が慌てた余波が浅草に伝わり、大親分の目が台場方面に向き、鬼の居ぬ間に稼ごうとする者が浅草に集まってきたわけです。だが、わしは出遅れ、半蔵の奴に甘い汁を先取りされてしまい下谷の小さな縄張り御切手町に押し込められてしまっていた」
「しかし、その半蔵が私に斬られて亡くなりましたね」
「駒形の町で起きた騒ぎで、その事を知り縄張りを頂く事にしました。半蔵が切り殺されたことで忙しい奉行所も仕方なく動き出す様子を見せたため、半蔵の子分たちは浅草を離れましたので、好都合でした。ところが、子分どもは越境してやって来て浅草の利権を守って居ました。子分は未だ十人は居ました。こっちはその半分も居ない。まともな勝負ではとても勝てないので久蔵さんに力を借りることにしたのです」
「鐘巻様、幾らなんでも十人は相手に出来ませんので、死んだ半蔵の代わり・跡取りに成る者が誰なのか繁蔵さんに調べさせ、それが竜三郎ということになり、標的を竜三郎に絞ったのです。しかし本当の標的は竜三郎ではなく、鐘巻様、あなただったようです。気を付けて下さいよ」
と、久蔵が坊主頭を撫でながら言った。
「誰かが私を狙うと云う事ですか」
「居ないとは言えませんよ。神明町の私の縄張りを狙って居る者は居ましたからね。そろそろ、私や子分どもが戻って来ないのに気づくころです。留守番の鬼吉さんが、きっと鐘巻様のことを云うでしょう。他に、浅草でも大親分の代わりを鐘巻様が成されたことをお気づきですか。私は鐘巻様が居られなければ、養育所が集めた方々の大方は散ってしまうような気がしています。鐘巻様が要であることを疑う人はいないでしょう」
「分かりました。怖くなってきましたので戻ります」
「冗談抜きで、気を付けて下さい」
兵庫は笑って応え、圓通寺を出た。
あぜ道を走りながら、二人が言ったことを思い出していた。
浅草の大親分とは新門辰五郎のことである。その辰五郎が黒船来航で慌てふためく幕府の台場造成の手助けのため、荒くれたちの諍(いさか)いを押さえに行っていることは聞いて居たが、浅草を留守にするほどまでとは思って居なかった。
その留守中に兵庫は養育所の者たちと力を合わせ、本来なら新門の目が入り込ませることを拒んできた新興やくざを退治してしまったのだ。しかもそのやり方は穏便ともいえるもので奉行所が口を挟むこともなかった。今日やって来た新門は特に語らなかったが、兵庫が新門の役割を結果的に果たしたことは理解したはず。それは新門を台場造成に専念させることになるかもしれない。その時、新門よりはあとくされの無い兵庫が狙われることは理解できた。

 それより気に成ることを云われた。
兵庫の存在無くして、養育所の者たちの多くが離散するだろうと久蔵が暗示したのだ。
その事が正しいか否かは別として、そう思われたこと自体が問題だった。何事を決めるにしても兵庫の声が決めて来たことは認識しているが、そう思われないためには何処を変えれば良いのか、結論が見付からないまま、押上に戻って来た。

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Posted on 2017/08/01 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学