07 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 09

洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カレンダー

【鐘巻兵庫 第99話 標的(その36)】 

 駒形の経師屋為吉の暖簾をくぐると兵庫の耳に子供たちの声が聞こえて来た。
「預かって居る子供たちが裏で遊ぶようになりました」と帳場の番をしながら帳簿を付けていた内藤虎之助が言った。
「礎石や鳥居支柱などの片付けも終わったのですか」 
「両方とも再建する時に真っ先に使うので昨日の内に運びました。皆さん存外、働き者です」
「それは良かった。私はこれから入谷の竜三郎さんを訪ね、芝。神明町の鬼吉さんの所まで足を延ばしてきます」
「何か在るのですか」
「在るか無いかは判りません。仏門に入った繁蔵さんや久蔵さんの話では、新門の力が浅草から台場造成の方に向けられて居て、浅草の備えが弱く成って居るので、東都組も繁蔵一家も浅草に芽を出せたと言っていました。その二つのやくざ集団が消えた後に、また芽を出そうとする者たちが居るか、矢五郎さんに弥一をつけて浅草の町を回るようにお願いしました。竜三郎さんと鬼吉さんには住んで居る所がやくざ者の居た後なので、良からぬものが様子を見に来るかもしれないので、ただの留守番だと云い、争わない様にと伝えに行くのです」
「東都組や繁蔵一家が浅草に現れた訳が在るとしたら、その訳が続く限りまた悪党が現れても不思議ではありませんね」
「新門は台場造成の手助けを途中で止めることはしないでしょうから、浅草は手薄なままでしょう。新門は日本のためと思ってやって居るのでしょう。私は手薄になって居る浅草のために暫く動いてみます」

 内藤と話をしていたら、裏庭から
「お雪様、雨ですよ」と聞きなれない女の声が聞こえて来た。
「岸さん、定さん。済みませんが取り込んでください」と聞きなれたお雪の声が続いた。
そして、幼い子供たち四人が帳場までやって来て兵庫を見て、止まった。
「内藤さん、傘を貸して下さい。先ずは入谷へ、出来れば神明町にも行って来ます」
「どうぞ、使って下さい」

 大した雨では無かったが、止みそうな気配も無く兵庫は傘を開いた。
濡れるのを嫌がり足早に通りを行く者たちの流れには乗らず、兵庫は傘を差し歩き入谷までやって来た。
 開いて居た戸口から入ると、その物音に気付いたのか、暗い影が奥から出て来た。
「先生、お上がりください」
「上がるほどの用ではありません」
「おとき、先生にお茶を・・・」
「は~い」
「それで先生、御用は何でしょうか」
「ここに居た繁蔵さんと話をしたのですが、ここに出て来た切っ掛けは新門の目が届かなくなったからだと云って居ました。東都組の半蔵が浅草に目を付けた訳を聞いていますか」
「繁蔵さんと同じですよ」
「そのことですが、新門の目が届かない状態はしばらく続くと思います。ですから、第二・第三の繁蔵や半蔵が現れる恐れが在ります。もしかすると繁蔵さんの知り合いがここに来るかもしれませんが、竜三郎さんは私からここを借りているだけで繁蔵のことは知らないと言って下さい」
「分かりました」
そこに茶を淹れたおときがやってきた。
「先生、有り難うございました」
「何か礼を言われるようなことをしましたか」と云い、兵庫は竜三郎とおときの顔を交互に見た。
「先生、その事ではありません」と顔を赤らめた。
「私としては、二人で力を合わせられるようになったことが一番嬉しいです。この家を使って商いも出来るかもしれませんね」
「実はおときが何か料理屋のようなことをやってみたいと云うんで、この家にある什器を使って開ける飯屋をやろうと、どんなものが在るか数えていたのです」
「出来ることから始めようと云うのは、無理がないのでいいですね。器などはそれでも構いませんが、料理は旨いものを出して下さい。店の評価はやはり味が一番ですから、嫌われると什器がいくら良くなっても遠のいた客は戻りませんからね」
「それで、暫くおときを飯の旨い養育所に修行に出したいと思って居ます」
「飯屋や茶店を営んでいる押上が良さそうですね」
「そうさせてください」
「分かりました。志津に伝えておきます。私はこれから鬼吉さんに会いに神明町まで行って来ます」

 ←ボタンを押して頂ければ励みになります。

Posted on 2017/08/03 Thu. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学