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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第99話 標的(その40)】 

 押上に戻った兵庫は、村上夫妻と話したことを妻の志津に伝えた。
「今日から商いごとを始めた空太さん、金吉さん、伊佐次さん、忠治さんら大人四人も、子供たちと向島に移しては如何ですか」
「そうですね、中之郷に戻すと、折角働こうと思った気持ちに離散が起こりそうですね」
「それでは、山口様ご一家と合わせて夕御飯に招きましょう」
「向島の賄い方は誰に任せるつもりですか。向島では母屋住まいを用意してくれるそうです」
「まだ話して居ませんが千夏とかえでを考えています」
「千夏でしたら、縫殿も喜ぶでしょうね」

 広間に夕膳を共にすることに成った者たちが着座し兵庫を見ていた。
「これから話しますことは、集まって頂いた皆さんに直接・間接に関わり合いが在ります。細かいことは食後に話すことにして大枠だけを話します。先ず、男の子たち、山口殿ご一家の皆さま、中之郷から商い修行に来られた四人の方々は明日以降、向島に新しく建てました家で寝起きして貰います。他に千夏とかえでにも行って貰いますが、古い母屋の方に入って貰います。引っ越しは明日に成りますから私物は纏めておくようにして下さい」
 この話に驚きを見せたのは男の子だった。他の物には事前に知らされていたが男の子たちは多いこともあり突然の話になってしまったからだ。
「兄上様」と大助が声を上げた。
「何か不満ですか」と文句は言わせないぞと受け取られる返事をした。
大助は首を横に振った。
「それではなんですか」
「二つあります」
「何ですか」
「私の肖像画を描いてくれた又四郎さんはどうなるのですか」
又四郎は絵を描くことについては天才だが、己の意思を言葉にすることが出来なかったので、又四郎のことをよく知るうえに、何でも言える大助が代弁したのだ。
「私の言い方が悪かった。勿論、みんなと一緒に行って貰うつもりです」と繕(つくろ)って見せた。
又四郎の顔に笑みが現れた。
「もう一つは、母上様の肖像画は新しい家に持って行っても良いですね」と兵庫の返事を縛った。
「勿論です。あれは皆の財産ですから、皆の私物と一緒に運びます」
 大助が納得したのを見て
「頂きます」と発声した。

 食後、片付けが終わり広間に集まったのは男の子たちだけだった。
だがここでも、大助が
「兄上、これから又四郎さんの私物を取りに行きたいのですが・・・」
「分った。私が太白殿に挨拶に行きます。又四郎、行くぞ」
「はい」
又四郎は養育所の子ではなく、絵の才能を認めた養育所が雇いながら、中之郷の屋敷内に部屋を与えた絵師太白に預け絵師として生きていくための修行をさせて居るのだ。ただ、太白は絵の注文で出払って居たため、幼い又四郎は他の勉学も有るため中之郷ではなく養育所の子供たちと過ごしていた。太白に無断で養育所から離れ、向島暮らしを始める訳にはいかない。筋目を通しに行かねばならないのだ。と云うのは今朝駒形に寄った時、内藤から、菱屋伊兵衛の肖像画を描きに出向いて居た太白が今日にでも戻ると絵の進捗を追って居た北村徳三郎の話を聞かされていたのだ。戻って居なければ事後報告に成るが、戻って居ると知った以上は挨拶に行くのが筋だからだった。

 又四郎と又四郎の荷を運ぶ手伝いをするという、男の子たちを連れて兵庫は夕暮れの道を中之郷へ向かった。
着くと、又四郎を除く子供たちは移築中の道場を見に行き。兵庫と又四郎は、太白が戻って居ると聞き母屋に上がった。
 兵庫が事情を話すと、太白が
「私も預かったのはよしとしても、面倒を見られずに居たことが気に成って居たのです。今後の肖像画を描くにしても、その場所は押上が良さそうなので、絵の指導は押上ですることにします」
 太白との話を済ませた兵庫は、その事と、押上で働くことに成った元やくざ者の四人がここを出て向島に移ることを伝えて、押上に戻って来た。

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Posted on 2017/08/07 Mon. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学