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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第99話 標的(その41)】 

 嘉永六年九月二十三日(1853-10-25)が明け、押上の養育所は目覚めた。
兵庫はいつもの様に己に課せられた仕事を済ませる前に、常吉に大八車を広間前の庭に用意させ、男の子には使った布団を大八車に積むように言い、己の仕事を始めた。
 千丸の出した汚れ物を洗い、干していると、大八車に畳まないまま布団が乗せられていった。
一寸にも満たない敷布団と搔巻が十四人分平積みされても山にはならない。兵庫の頭に、やってくる冬の寒さを畳の無い板の間に子供たちを寝かせねばならない、何か罪悪感めいたものがよぎった。

 大八車に更に山口家の布団が乗せられ始めると、子供たちは稽古道具を着けて兵庫等剣術方が居る道場へと集まって来た。子供たちの日常が始まり、終わろうとしていた。
稽古着を来た大人たちがやって来た。その中には私物が入った行李を担ぐ空太、金吉、伊佐次、忠治が居た。他に四人の布団を担いで来た者たちも混じって居たがその布団を大八車の上に下ろすと、廊下に行き置いてある剣術道具を身に付け始めた。
逆に子供たちは、道場口の部屋に行き道具を外していった。
 向島に移る者たちの布団が乗せられたのを常吉が確かめ、縄を掛けた。
暫くして子供たちが私物を納めた行李を担ぎ庭に集まった。
兵庫も剣術指導を止め、道具を外しに自室前の廊下に行った。
部屋から志津が出て来た、道具を外した兵庫に桐の箱を手渡した。箱の中には志津の肖像画が入っている。志津と寝起きする場所が変わることに成った子供たちのために、子供たちの母である志津の肖像画が向島に送られることになったのだ。

 兵庫は受け取った桐箱を大八車の上、掛けられていた縄の間に挟んだ。
そして大八車の取っ手を握り、牽いた。
押上の養育所を出て向島に向かえなかったのは賄いを手伝って居る千夏とかえでだったが、
「直ぐに行くからね」と表口に出て見送った。

 向島の家の留守居役・村上茂三郎が出迎え、一行と大八車を新築した家へと案内した。
「山口家のご家族は南の家族棟の一番奥を割り当てますのでお使いください。残りの者は北の家の部屋に分かれて入って貰います。先ず、背負っている物を置いてきてください」
これで兵庫の周りから人が消えた。
兵庫は大八車の荷を固定していた縄を解ぎ、桐箱を抱えて子供たちが戻って来るのを待った。
戻り始めると、大八車に積まれていた布団は、瞬く間に無くなった。
そして、また集まった。
「この絵は、子供たちが病気に成るとか、訳が在って押上に来られない時に見せて貰って下さい。村上さんに預けておきます」と桐箱を預けた。そして
「わたしはこれで戻りますが、皆さんは風呂などを見せて貰い、決まり事を聞いてから、昼ご飯を食べに戻って下さい」
 こうして兵庫は押上に戻り、着替え直すと
「浅草に行って来ます」と出かけて行った。

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Posted on 2017/08/08 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学