07 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 09

洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カレンダー

【鐘巻兵庫 第99話 標的(その42)】 

 この日の午前中、兵庫は駒形の内藤虎之助に顔を見せ、
「すこし浅草を歩いて来ます」と云い出て行った。
実際にひょうごが回った所は、元東都組が軒賃を集め、その後返却しに回った店だった。そこでは、その後悪党にせびられるようなことが起きているか確かめ、
「お陰様で何も起きて居ません」の返事を貰うと
「何か、起きましたら、駒形の経師屋為吉で帳場番をしています内藤虎之助殿に知らせて下さい」と言伝して次の店に向かう事を繰り返した。
そして、昼前には押上に戻った。そこには朝、向島に移ることになり、私物などを置きに行った子供たちや、商い修行を始めることに成った四人も戻って居て、二人は雑貨屋に入り向島からやって来た村上縫から、教えというか、もう少し人当りを良くしなさいと商売以前の教えを受けていた。
 残りの二人は天秤棒を担ぐ修行をさせられていた。担ぐ荷は一人は何と子供たち、もう一人は水桶をぶら下げさせられていた。それを指導するのは常吉だった。

 昼食後、兵庫はまた浅草に出て行き、午前に回り損ねた店を巡った。何事も無く回り終ると足は了源寺門前町の茶店に向かった。
茶店は寺領に建って居て、町奉行所が許可なく手出しがしづらいことを見越し、東都組の半蔵が悪事の拠点としていた所だった。事実、東都組の存在を知って居た定廻りの久坂だったが忙しい町奉行所としては敢えて寺社領にまで動くことはしなかった。代わりに動いたのが兵庫が率いる者たちだった。東都組を追い払った礼として茶店の使用権を了源寺より得て、それを兵庫を頼って新発田から出て来た山内家の者たちにかしたのだった。

 了源寺の参道に入って行くと
「鐘巻先生」茶店から声が掛かった。
看板娘となった八重だった。
茶店に入った兵庫が「変わった事は起きて居ませんか」
「特にありませんが、お爺様がまたカラ寿司を売りに浅草の広小路に屋台を担いで出かけています。父上は蕎麦を打ち、母上は天婦羅を揚げ、婆様と私が店番です」
そこに婆様の田鶴が茶を持ってやって来た。
「鐘巻様、今日は何で御座いましょうか」
「婆様のお顔を拝見したくなり参りました」
「お美しい奥様には無い皺を見にわざわざ・・何の御用ですか、遠慮なさらずおっしゃってください」
「実は今日、男の子たちを押上の養育所から向島に建てた家に移したのですが、これから寒い冬を迎えるので、少しでも暖かくしてやりたいので、婆様の知恵をお借りしたいのです」
「百聞は一見に如かずですから、拝見にこれから参りましょう」
 茶店を出た兵庫と田鶴は、歩みは遅いが休むことなく歩き通し、向島の村上屋敷に着いた。
「北側の家の五部屋に子供が十四人、大人が四人寝泊まりします」
家に上がり部屋を見ていた田鶴が
「江戸の寒さは知りませんが、越後でしたら凍えてしまいます。屋根が薄いので天井を張りましょう。それと寝部屋を分けずに出来るだけ一部屋に寝かせる工夫が必要です。例えば床に寝るのではなく、何段かの棚を壁側作れば・・例えば二列二段の棚を両壁に造れば一部屋八人が眠れ、部屋を暖められます。それと子供は体が冷えやすいので、冬の間は床に莚を敷き、出来れば足袋を履かせることも」
「なるほど、幼い時に押入れに隠れたまま眠ったことが在りました。あの要領ですね」
「はい、それと縁の下に風が吹き込まない様にしてあげて下さい」
「有り難うございます。あとは子供たちと考えてみます。戻りましょう」

 押上の養育所にしばらくぶりに入った田鶴は志津や子供たちに会い、そして新発田から苦労して出て来た中西一家と話、山の様に用意された土産物を兵庫に持たせ帰っていった。
田鶴を家まで見送った兵庫は帰り道に中之郷により中川矢五郎に在ったが特に変わったことは起きていないことを確かめ押上に戻った。
 こうして兵庫の日が暮れ、また明ける日が繰り返され、二十四日、二十五日、二十六日と日ばかりが過ぎていった。

 ←ボタンを押して頂ければ励みになります。

Posted on 2017/08/09 Wed. 05:43 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学