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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第99話 標的(その43)】 

 そして嘉永六年九月二十七日(1853-10-29)も夕七つ半過ぎ兵庫は浅草巡りから戻り、お決まりの様に中之郷元町の養育所に立ち寄った。
いつもなら矢五郎と話し、帰るのがお決まりだったが、この日は道場の移築が終わったため、道場に皆が集まり、労いの酒が少ないながら振る舞われていた。
兵庫も養育所の主として飲めない酒を付き合った。
少しばかり飲んだところで、
「私が戻らないと娘たちが食事を摂れないので」と断り、屋敷の脇門から外に出た。
この時。前の履物屋の暖簾を分けて主の玉三郎が出て来た。
「先生、ご機嫌のようですね」
「はい、道場が出来たので、祝いに少々頂きました」
「そうでしたか」と寄って来た玉三郎が小声で
「狙われていますよ」
「分かりました。気を付けます。道場に居る彦四郎さんにも知らせ、助っ人を頼みますと伝えて下さい」
と兵庫は云い、よろけると転んで見せた。
「平気ですか、先生」
「大丈夫です」と云いながら立ち上がると千鳥足で押上に向かって歩き始めた。
「先生、私も酒を頂いて来ます」と云いながら玉三郎は兵庫が出て来た脇門から中へ消えて行った。
兵庫は然程酔って居ないつもりだったが、門を出た途端、玉三郎に「ご機嫌のようですね」と声を掛けられたことに不覚を恥じ、正気を取り戻そうと辺りに気を配った。
だが、兵庫の足取りは相変わらず心もとなくのんびりとしたものだった。
これは、彦四郎ら助っ人がやってくる間を稼ぐ芝居だった。
その芝居を見ている者がどこに居るのか、兵庫はその気配を感じ取れないまま歩いて居る内に後方に間を保ちながら歩く者が居ることが分かって来た。
それは敵ではなく味方であることは直ぐに分かった。その中に彦四郎が居ることが分かったのは斬られた左足を少し引きずるようになっていたからだ。
後方の気配が分かっても、見える前方には気配を感じられない。
兵庫はこのことは、敵が兵庫を襲う場所を既に決め、そこで待ち伏せしているためと理解した。これは兵庫にとっては一人一殺で狙われるより安心できるのだった。集団で襲われるのは怖いのだが、先頭の一人を倒すと集団の勢いが一気に落ちることを之までの経験から知って居たからだった。集団ではどうしても他力本願的行動が生じてしまうのだ。
 兵庫が横川に架かる業平橋の見える通りまでやって来た。この橋の近辺では兵庫自身、また兵庫の弟子らが襲われたことがある所で、橋を渡る直前に兵庫は背筋を伸ばし、そして渡り始めた。背後を己の助っ人で固めている兵庫は恐れることなく進み向こう岸の様子を改めて見まわした。川向こうには西尾隠岐守の下屋敷が在りその塀沿いに潜む場所は無い。
間もなく暮れ六つの鐘が鳴る時刻だが、まだ明るい。多人数を伏せて置く場所は限りがある。橋を渡る兵庫を挟撃することを選ばなかった賊が次に選ぶ襲撃場所は北十間川と西尾屋敷に挟まれた場所だと兵庫は思った。そこは少し先に西尾屋敷が終わり、屋敷を囲む見えない道が在ることと、背後には隅田川の水が大水の折りに北十軒川に流れ込まない様に幅広の堰が作られ百姓地に成って居て、雑木も生え潜む場所もあり、挟撃できるからだった。
 この読みは兵庫の後を追って来た中川矢五郎も同じで、
「彦四郎、止まれ。魚が針に掛るまで待て」と兵庫との間合いを詰め過ぎるのを止めた。

 鯉口を斬り用心深く進む兵庫の目が、北十軒川の向こう岸に光る物が振られたのを見た。
同時に兵庫は前に向かって走り、賊が潜み飛び出してくるだろうと思われた西尾屋敷の塀の終わりを駆け抜けた。
 そして一呼吸おいて三人の浪人者が飛び出てきたが、兵庫を挟撃することに失敗した。それどころではない、兵庫の背後から飛び出した同じく浪人二人と合わせて五人が兵庫と兵庫の助っ人の間に挟まれてしまったのだ。
「鐘巻兵庫です。怪我をしたくなかったら刀を捨てなさい」
だが、五人は切り抜けようとしたのか、あくまでも兵庫を倒そうと思ったのか、兵庫に向かって突進した。
これに対し兵庫は逃げた。と云うより養育所に向かって走りながら
「助けて~」と何度も叫んだ。

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Posted on 2017/08/10 Thu. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学