07 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 09

洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カレンダー

【鐘巻兵庫 第100話 共喰い(その3)】 

 草加宿で十兵衛の店を見張る弥一は、近くの茶店に入った。
やって来た年寄りに、
「塩むすびを頼みます」
そしてむすびを持って来た年寄りに
「あの暖簾を出していない店は何を商っているんだい?」
「千疋屋さんですか。何をやっても上手く行かないようで、今は顔を売って居ます」
「それは長く続いて居るのですか」
「二年ほど乗っ取られていたようですが、今年になって取り戻したようです」
「未だ一年足らずですか。それじゃ、子分衆も多くはなさそうですね」
「子分と云っても皆、それぞれが稼業を営んでいますから、普段は出入りして居る子飼いの者は数人ですよ」
「羽振りはどうですか」
「その子飼いの者がここにもやって来て、日当たり百文払えと云いやがった。そんなことをされたらこの宿場に残っている最後の茶店が無くなるぞと云ったら帰っていったよ。子が飢えて居る様じゃ親も見栄を張るので一杯でしょう」
「やくざ稼業も大変だな。ところで頼みが在る、日当たり百払うから店番させて貰えないか」
「千疋屋を見張るのか」
「そうだ」
「あんたも、顔を売る商売かい」
「いや、人様には万屋弥一と呼ばれているが、未だ顔を売る商いをしたことは無い」
「先払いにして貰えるか」
「構わないよ」
弥一は腰にぶら下げて居た巾着から百文差を取り出し渡した。

「それでは、一通りのことを教えるから頼むよ」
出せる食べ物の作り方と値段、草鞋や笠などの売り物と値段などを教えると
「それじゃ弥一さん、後は頼むよ。何か在ったら奥に居るから呼んで下さい」
「分かりました。お名前は」
「諭吉だよ」と奥に行く後ろ姿に
「諭吉さん、北から柄の悪い男たちが来ますが知り合いですか」
振り返った諭吉が男たちを見て、
「奴らは越谷宿で顔を売り、悪評を買っている勝五郎と子分どもだよ。近づいて良いことは無い。あまり見るな」と云い引っ込んでしまった。
 弥一は養育所では万屋の屋号に恥じず幅広く使われている存在でこれと云った役は無い。
そして今は、茶店の主に化け、千疋屋を見張ることに成った。
弥一は諭吉の“あまり見るな”の忠告を聞き入れ、茶店の影に入り目立たなく茶店に溶け込んだ。
やって来た勝五郎と子分が千疋屋に近づくと一人が抜け出て千疋屋の戸口から中に「姐さん」と声を掛けたのが聞こえて来た。出て来たのが十兵衛と女だった。
その十兵衛を見て、先頭を歩いて居た勝五郎が十兵衛を指さし
「どう成って居るんだ」の声を上げるのが聞こえて来た。
女が勝五郎に歩み寄り、その手を引き家の中に入れた。
勝五郎が越谷宿から朝早くわざわざやって来たと云う事は昨日の出来事が勝五郎に伝わっていると考えるのが素直だった。
ただ、出迎えに出た十兵衛を見た勝五郎が叫んだ「どう成って居るんだ」の言葉と、慌てて勝五郎を家の中に誘い入れる女の様子が何故か分からなかった。

 一方、千疋屋の中に入った勝五郎が女に向かって、
「お麦、聞いた話と違うがどう成って居るのだ」
「兄さん、話が長くなりそうなので上がって下さい」と促した。
 部屋に通された勝五郎はそこに五人の浪人が、その内二人は包帯で鉢巻きをして、控えていた。部屋に入れたのは他に見届け人として十兵衛と離れて行動した杉吉だった。
他は部屋の外の廊下に控えた。
「私が杉吉から聞いている話は、十兵衛以下六人が捕らえられ中之郷の屋敷内に連れ込まれたということだが、どうしてここに居るのだ」
「一時は殺されることを覚悟したが、解放された。解放されても信用できずにおびえて逃げたよ。吾妻橋を渡った所で五人の先生方に会えた時は嬉しかった、何故、ここに居られるのか、はっきり言って私にも良くわからない」と十兵衛が本音を吐露した。
「勝五郎さん、鐘巻殿は、襲った私の額を割る直前で止めったよ。そして刀を拭い先に鞘に納めた。私が今感じることは、わしら五人は鐘巻殿にとっては駄々をこねる子供同然で、本気で相手にするほどの相手ではなかったのだと思って居ます」
「そうは言いますが、先生は免許皆伝でしょう」
「そうだが、その腕を使ったのは今回が初めてで、それも罪もない者を殺すためだった。免許皆伝など何の役にも立たなかった。わしは命を懸けて戦ったつもりだが、役目を果たせなかった。申し訳ないがもう鐘巻殿に刃は向けられないので、下ろさせて貰います」
「私も」「わしも」と浪人全員が、再度の暗殺に出向くことを拒否した。

 ←ボタンを押して頂ければ励みになります。

Posted on 2017/08/16 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学