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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第105話 ぬくもり(その6)】 

 媒酌人の挨拶の中に子供たちこそが、この結婚の立役者だと述べられたことで、子供たちの顔に笑みが浮かんだ。
それは子供たちに養育所に居る価値が在ることを暗に示したからである。
「目出度いこの席、滅多に聞くことの出来ない謡を中川矢五郎殿にお願いします」
兵庫に促され、矢五郎による祝いの謡曲高砂が広間に響き渡った。
その謡が拍手で終わり、子供たちの目が新郎と新婦に集まった。
「それでは、 これから行う三々九度の杯ごとを女の子に手伝って貰います」
と、兵庫が子供たちを見て、一呼吸置いた。
「兄上様、お手伝い致します」とかえでが手を上げる。
「私も」とあやめとすみれが続いた。
「分かりました。前回は確かお松とお竹に頼みました。
今回はかえで、あやめとすみれに頼みますので上段の間に上がって下さい」

 三人が上り、暫く兵庫と打ち合わせが行われ、それが終わるとかえでが注ぎ役側に、あやめとすみれは杯を受け渡す側に座った。
「これより三々九度の杯ごとを、子供たちの手を借りて行う事にします。それではお願いします」
あやめが積まれた杯の一番上の小杯を取り、新郎に渡すと、かえでがその杯に酒を注いだ。
新郎が三口に分け飲み干し、杯をあやめに返すと、あやめはその杯を新婦に渡した。
かえでが新婦の杯に酒を注いだ。
新婦が三口に分け飲み干し、杯をあやめに返すと、その杯は再び新郎に渡された。
かえでが新郎の杯に酒を注いだ。
新郎が三口に分け飲み干し、杯をあやめに返すと、あやめは役目を終えた小杯を三宝の端に置いた。
 ここで注ぎ役だったかえでがその役を今まで杯を受け渡していたあやめに譲った。
すると新たにすみれが杯の受け渡し役の席に着き、すみれの居た席にかえでが座った。
新たに中杯を取ったすみれが、今度は新婦に渡した。この中杯はその後新郎に回り、新婦に戻り役目を終えた、
大杯は注ぎ役をすみれが、受け渡し役をかえでがして、無事、三々九度が終わった。

 子供たちはこの様子を、新郎新婦を夢見てか、あるいは次の三々九度の機会には名乗りを上げようと思ってか、じっと見入っていた。

「おめでとうございました。これより新郎新婦には二人で暮らしを始める向島に移って頂きます。今の美しい姿のまま花嫁道中してもらいますが打掛姿では不自由ですので蓮台に乗って頂きます。運び手は男の子と大人四人でお願いします。用意が出来るまで花嫁には別室で休んで頂きます。皆さんもその支度をお願いします」
 広間から人が出て行き、新郎と新婦そして加戸夫妻、媒酌人は志津により別室に案内された。
 一方、中之郷元町の養育所から運ばれて来た蓮台が表口に据えられていた。
「よいか、お神輿ではなく乗るのは花嫁さんだ、揺らさぬように運ばなければいけませんよ」
「分かって居ます。兄上」
子供たちは花嫁が姿を見せるのを玄関近くで待って居た。
暫くして須磨や親族、そして媒酌人などが母屋の上り口に姿を見せた。
「それでは花嫁を蓮台まで新郎に運んで貰います」と兵庫が大声で言った。
さすがに平田が渋った。
「平田さん、遠慮すると私が、志津が抱く赤ちゃんの様に、奥さんをまた運んでしまいますよ」
と兵庫が言った。
「また? 又とはどういう事ですか」
「それは私が空腹と疲れで、越谷宿の手前で失神して居たのです。通りかかった鐘巻様が力の抜けた私を抱っこして、越谷宿の旅籠まで運んでくれたのですよ。ここにこうして居られるのは鐘巻様のお陰ですよ」と須磨が兵庫に代わって応えた。
「その話は草加の道場で聞いたことが在るが、背負われたのではなかったのか」
「平田さん、身体の力が抜けた者を負んぶするのは大変です。私は両国橋の下で浮かんでいた女の土座衛門を船に乗せるために抱き上げました。その事を知った私の今の妻が、私より先に死体と言えども抱くとはと叱られました」と碁四郎が力が抜けた者は背負えないことを云った。
「旦那様、皆様がお待ちですよ」と死体と一緒にされた須磨が恥じらいながらも促した。
「私は赤子を抱いたことが無いので、上手く行くか・・・」
「私は、抱かれ方を覚えた赤子ですよ。恐れずに・・」
覚悟を決めた平田が歩み寄ると、一段高い床上の須磨は腰を低くし、近づいた平田の首に腕を回した。
“案ずるより産むが易し”だった。
平田に抱かれた須磨は蓮台まで運ばれ下ろされた。
子供たちから拍手が起こった。

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Posted on 2018/02/03 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学