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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第108話 掴まり立ち(その19)】 

 兵庫が、本陣荒川屋の門を潜ると玄関の外で旅仕度をした庄子と本陣の主・久五郎が立ち話をしていた。
目が合い、互いに歩み寄った。
「御役目は済んだようですね。出かけますか」と兵庫が話しかけた。
「鐘巻殿のお知恵を借りなんとか済ませました」と庄子が応えれば
「本当に鐘巻様、有り難うございました。来年のために庭に敷き詰める良い枯れ枝を集めることに致します」
と、久五郎が兵庫から授けられた知恵を披露した。
「枯れ枝は殿様がお越しになる春には似合いませんので、お目覚めになる前に片付けて下さい」
「これはどうも、そのようにさせて頂きます」

 越谷宿の本陣を出た兵庫と庄子は日光街道を江戸へと歩いて居た。
その兵庫の前方から向かって来る威勢の良い男の姿が見えた。
距離が詰まり、互いに認識したところで兵庫は片手を揚げた。
大八車のたてる音が弱まり「先生」の声が上り止まった。
「大二郎さん熊吉さん、ご苦労様です。荷は何ですか」
「ぶり、てっぽう、ひらめ、さわら、このしろ、いか、貝などです」
「売り先は福寿屋ではありませんね」
「おなじみの鰯なども下の方に積んでいます」
「それは坂崎道場で食べさせて貰います」
「帰りに寄ります」

 短い挨拶を交わし、大八車は音を立て遠ざかっていった。
「魚屋もやって居るのか」
「私たちは養育所を開いて居ます。そこで預かっている子供たちだけでも八十人を超えています。他に働く者も大勢居ます。食べ物を安く仕入れることで日々の出費を減らし、残った物は利を乗せて売り、働く者たちに手当てを支払います。越谷宿相手の魚屋稼業では魚が傷まない冬場だけで一年分稼ごうと気合を入れてくれるでしょう」
「それで支払っている手当ては・・・」
「手当は私も新米も男も女も皆、等しく一日一朱です」
「ふ~~・・・「どうしてそんなに支払えるのだ」
「それは、派手好みで浪費する殿様が居ないからです」
「妙に納得させますね。仲間に入るには何が出来れば良いのですか」
「働く意欲があるが、自立できない人です」
「侍も居ますか」
「居ます」
 二人は話しながらと云うより、庄子の質問に兵庫が応えながら歩き、草加宿までやって来た。
 そして宿場外れに千疋屋の暖簾を出す飯屋に二人は入った。

「先生、早いですね」と店番をしていた仙吉だった。
「乙次郎さんの所では皆さん元気にやって居ました。邪魔に成りますので一日で引き揚げてきました。今日は道場に泊まる予定です。それと、こちらは庄子殿」
「乙次郎と申します。お見知りおき下さい」
「庄子です」
「お鶴です」と小さい子が奥から顔を見せた。
「お鶴、これからお松、お竹姉さんの所に行くが、一緒に行くか」
お鶴は即答せずに、仙吉を見た。
「行っておいで。迎えに行くからな」
「はい、父(とと)様」
「道場まで歩けるな」
「はい、兄上様」
 お鶴の手を引いて歩く兵庫に庄子が
「乙次郎殿が鐘巻殿の親でないことは分かりますが、義父ですか」
「養育所に住んだ子は私のことを兄と呼び、妻のことは母と呼ぶのです」
「養育所の子供たちが八十人ほど居ると先ほど伺いましたが、皆に兄上と呼ばれて居るのか」
「そうです」とあっさりと応えた。

  兵庫とお鶴が何時ものように道場の門を潜ったが庄子は少し遅れた。
「淀流・・聞いたことが在りませんが・・・」と遅れた庄子が兵庫に応答を求めて来た。
「そうかもしれません。名前を付けたのはつい最近ですから」
「鐘巻殿の流派をお聞かせください」
「地天流です。板橋で修行したのが雲風流、もう一人養育所には強いのが居て霞塵流ですが皆無名同然ですね。庄子殿の流派は新陰流ですか」
「よくお判りですね。その流れです」

 子供には訳の分からぬ話で足を止めた兵庫の手をお鶴が引っ張った。
玄関に行くと、“御用の方は叩いて下さい”と書かれた板木とバチが吊るされていた。
兵庫が板木を叩くと、間を置かず娘が出て来た。
「兄上様、お客様、道場へお上がりください。直ぐにお呼びいたします」と云い、お松はお鶴に手を差し伸べた。
 じょじょ(藁草履)脱いだお鶴は奥へと消えていった。
「確かに、兄上様と呼ばれましたね」と、旅の草鞋を脱ぎながら庄子が、嬉しそうに言った。
「私は一日ここに泊まりますが、庄子殿も付き合って頂ければ明日、養育所の一つをお見せします」
「お願いします」

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Posted on 2018/04/30 Mon. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学