【鐘巻兵庫 第82話 堕落(その25)】
宝来屋に飛び込んだ万次郎は帳場に座る女に向って
「鐘巻より宝来屋数衛門様への使いで御座います。便りと口上が御座います。お御取次ぎ下さい」
「お待ちください」と応え奥に行ったのは数衛門の妻だった。
そして出て来たのは、数衛門ではなく倅の雄介だった。
「お使いご苦労様です。父・数衛門は体調悪く伏せておりますので、倅の雄介がお受けいたします」
「分かりました。持参しました文は以前こちら様にお世話頂いて居た種吉からのもので御座います。お渡しいたす前に鐘巻よりの口上を申し上げます」
「どうぞ、お聞かせください」
「先ず鐘巻よりの使いは此れが最後に成るとのことで御座います」と云い、言葉を休め雄介の同意を求めた。
「分かりました」
「次に、こちら様より仕事の依頼が在れば代行を請け負うとのことで御座います。その代行料金を申し上げます。通常の商い代行代金は一人・一日・一両で、代行者は種吉が担います。また護衛代行も致します。護衛人が師範の場合が五両、師範代が三両、師範代並が二両で請負います。物品護衛は保安方が担い一両とのことです。」
「確かに承りました」
「それでは、種吉よりの文をお受け取り下さい」
雄介は受け取った文をその場で開けて読み
「親父大変だ。今日、津軽式部少輔様上屋敷に納めなければならない荷が在るそうです」
この声で、伏せていたはずの数衛門が出て来た。
「他には」
「はい、日を置かずに色々あるので帳簿をご覧下さいと書かれています」
「志保、帳簿を見せなさい」
帳簿を見ていた数衛門が、
「雄介、早く人を集めなさい」と数衛門が指図した。
「はい、皆揃って居ます」
数衛門が見たのは土間に立つ小僧二人だけだった。
「それでは失礼致します」と使いの万次郎が挨拶した。
「お使いご苦労様でした。あっ、万次郎さん、荷の護衛一人お願いしたいと、お伝えください」
「雄介、それでは足りない、上屋敷へ行く時は番頭以上が付き添うことに成って居ます。種吉さんもお願いしなさい」
「そう云う決まりが在るのでしたら、何で番頭さんを辞めさせたのですか」
「過ぎたことを言うな。時間が無い。早くお願いしなさい」
「そう云うことですから、商いと護衛で各一人お願いします。それと、万次郎さんと私の腐れ縁での頼みですが、もう午後なので代行代金を半金でお願いできないか鐘巻様に頼んで下さい」
「分かった」
待つことも無く、宝来屋に種吉と護衛の常吉が地天の半纏に六尺棒をたずさえやって来た。
「早いではないですか」と帳場に座った数衛門が言った。
「はい、隣の古着屋に詰めて居ますので」と種吉が応えた。
「他の者も居るのかい」
「皆、日中は他で働いて居ますので、今晩声を掛け集めることにして居ます」
用意された油樽が食用、燈明用が確かめられ大八車に積み込まれた。
そして車が動き出した。
先頭には自らを三代目と称する雄介が親の名代として歩き、その後に種吉と大八を牽き、押す小僧が続いた。
姿が見えない警護の常吉は誰よりも早く店を出て、通る道筋を確かめた上で、堅川を渡った所まで戻り一行が来るのを待って居た。
宝来屋の様子は堅川の川向うから伺える。それは先日まで常吉や万次郎がしてきたことだった。
もし、木戸屋が宝来屋の商いを邪魔するつもりなら、同じことをするはずである。今回護衛に加わらなかった万次郎が、やなぎ屋の店の中から向こう岸の様子を見ていると、対岸に動きが生じた。
「先生、動きました」
「何人ですか」
「二人です」
「それでは御願いします」
「行って来ます」と万次郎は外に出ると対岸の動きを見ながら急ぎ足で、前を行く荷車を追って行った。
←ボタンを押す。情けは人のためならず。
「鐘巻より宝来屋数衛門様への使いで御座います。便りと口上が御座います。お御取次ぎ下さい」
「お待ちください」と応え奥に行ったのは数衛門の妻だった。
そして出て来たのは、数衛門ではなく倅の雄介だった。
「お使いご苦労様です。父・数衛門は体調悪く伏せておりますので、倅の雄介がお受けいたします」
「分かりました。持参しました文は以前こちら様にお世話頂いて居た種吉からのもので御座います。お渡しいたす前に鐘巻よりの口上を申し上げます」
「どうぞ、お聞かせください」
「先ず鐘巻よりの使いは此れが最後に成るとのことで御座います」と云い、言葉を休め雄介の同意を求めた。
「分かりました」
「次に、こちら様より仕事の依頼が在れば代行を請け負うとのことで御座います。その代行料金を申し上げます。通常の商い代行代金は一人・一日・一両で、代行者は種吉が担います。また護衛代行も致します。護衛人が師範の場合が五両、師範代が三両、師範代並が二両で請負います。物品護衛は保安方が担い一両とのことです。」
「確かに承りました」
「それでは、種吉よりの文をお受け取り下さい」
雄介は受け取った文をその場で開けて読み
「親父大変だ。今日、津軽式部少輔様上屋敷に納めなければならない荷が在るそうです」
この声で、伏せていたはずの数衛門が出て来た。
「他には」
「はい、日を置かずに色々あるので帳簿をご覧下さいと書かれています」
「志保、帳簿を見せなさい」
帳簿を見ていた数衛門が、
「雄介、早く人を集めなさい」と数衛門が指図した。
「はい、皆揃って居ます」
数衛門が見たのは土間に立つ小僧二人だけだった。
「それでは失礼致します」と使いの万次郎が挨拶した。
「お使いご苦労様でした。あっ、万次郎さん、荷の護衛一人お願いしたいと、お伝えください」
「雄介、それでは足りない、上屋敷へ行く時は番頭以上が付き添うことに成って居ます。種吉さんもお願いしなさい」
「そう云う決まりが在るのでしたら、何で番頭さんを辞めさせたのですか」
「過ぎたことを言うな。時間が無い。早くお願いしなさい」
「そう云うことですから、商いと護衛で各一人お願いします。それと、万次郎さんと私の腐れ縁での頼みですが、もう午後なので代行代金を半金でお願いできないか鐘巻様に頼んで下さい」
「分かった」
待つことも無く、宝来屋に種吉と護衛の常吉が地天の半纏に六尺棒をたずさえやって来た。
「早いではないですか」と帳場に座った数衛門が言った。
「はい、隣の古着屋に詰めて居ますので」と種吉が応えた。
「他の者も居るのかい」
「皆、日中は他で働いて居ますので、今晩声を掛け集めることにして居ます」
用意された油樽が食用、燈明用が確かめられ大八車に積み込まれた。
そして車が動き出した。
先頭には自らを三代目と称する雄介が親の名代として歩き、その後に種吉と大八を牽き、押す小僧が続いた。
姿が見えない警護の常吉は誰よりも早く店を出て、通る道筋を確かめた上で、堅川を渡った所まで戻り一行が来るのを待って居た。
宝来屋の様子は堅川の川向うから伺える。それは先日まで常吉や万次郎がしてきたことだった。
もし、木戸屋が宝来屋の商いを邪魔するつもりなら、同じことをするはずである。今回護衛に加わらなかった万次郎が、やなぎ屋の店の中から向こう岸の様子を見ていると、対岸に動きが生じた。
「先生、動きました」
「何人ですか」
「二人です」
「それでは御願いします」
「行って来ます」と万次郎は外に出ると対岸の動きを見ながら急ぎ足で、前を行く荷車を追って行った。
←ボタンを押す。情けは人のためならず。
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