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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第94話 斬られ彦四郎(その1)】 

 ここは本所中之郷元町で町家の建ち並ぶ中に、似つかわしくない武家屋敷が一軒ある。
その敷地は大よそ、東西二十五間、南北四十間ほどで、北と南は通りに面し、東西は町家が迫ってきている。
 この屋敷は旗本の抱え屋敷だったが、異国船来航で急遽戦準備を整えるために金を金貸しをしている御家人逸見小四郎より借りるが、借金を返せず手放したものである。屋敷は廃嫡され修行に出る与八郎に与えられたが、広大な屋敷を管理できる金もない与八郎は、命の恩人と思って居る鐘巻兵庫に沽券と共にこの月の十七日預けたのである。
 預けられた兵庫は、屋敷の管理を、押上の養育所で傷の養生をしていた中川彦四郎に依頼した。この屋敷には中川一家五人と逸見が行った修行先から逆に江戸に出てきた坂崎夫妻、そして門番など使いをする小者の仁吉が済んでいる。他には、荒れていた屋敷の補修をする元宮大工の彦次郎と植木の手入れのために佐吉が間借りしているが、彦次郎には向島に建てる稲荷や地蔵の御堂の仕事が入っており、佐吉の庭木手入れも押上から通う事で何とかなるまでになり、二人とも押上に戻る日が近く、広い屋敷の住人は少ない。

 屋敷の管理をすることに成った中川彦四郎は代々奉行所同心の家柄の若い当主だった。
それが先月七月二十六日、京橋銀座の宮古屋に銀座取り締まりの勝手方を先導し御用改めの一員として踏み込んだ。しかし、これには裏が在った。実は宮古屋の者に勝手方の役人二人が殺害され、蛎殻町銀座の堀に浮いたのだ。勝手方にも癒着の弱みが有るため殺害された者の身内による敵討ちを、真の御用改めに先立ち押し込ませたのだ。これで勝手方にとって不都合なことを知る主だった者を殺害されることを狙ったのだ。そしてそれは叶ったが踏み込んだ者たちも大怪我をした彦四郎以外が斬り死にしてしまった。
大怪我で以後のお役を果たすことが出来なくなったことを理由に彦四郎はお役を辞し、八丁堀から、傷手当の世話をしてくれた鐘巻兵庫を頼り押上に移り傷養生をしてきたのだ。

 あれから一月が経った嘉永六年八月二十六日(1853-9-28)、四つ(10時)頃、屋敷の広間に彦四郎の家族を除き、鐘巻兵庫、山中碁四郎、坂崎新之丞、根津甚八郎、保安方の常吉、乙次郎、鬼吉と医師の服部仲明と養子の要蔵が居たが、噂を聞きつけ門番の仁吉や建物や庭の仕事で来ている彦次郎や佐吉の姿もあった。
この日は彦四郎の身体を縛って居る包帯を取り払う儀式めいたものが行われることに成って居たのだ。

 皆が揃ったところで、彦四郎を先頭に一家が部屋に入って来た。
この時、彦四郎は少しばかり季節外れの浴衣姿で、見える包帯は額の鉢巻きと、その包帯とは直角に、頭・両耳・顎裏を縦に巻いたもの、左手の平の包帯それと袖口から見え隠れする腕を巻いた白い物の四ヶ所だった。
 長いこと正座できないため、床几に座った彦四郎が、
「本日は、先日負いました傷が、皆様のお陰でだいぶ良く成りました。その快癒の証として包帯を取ることにしました。傷を披露するのは、傷も私の一部に成りますので、今後醜い傷だけを見ないで欲しいと思うからです。ただ、今日はじっくりと見て頂いて結構です。実は私も見たいのです。それでは先生、お願い致します」

 服部家の養子になった要蔵が彦四郎の脇に立ち先ず、鉢巻き状の包帯を解いていった。
現れた傷は、左の額からこめかみかけてのものだった。
次に顎の結び目が解かれ縦の包帯が取り除かれた。
正面から見る者には一瞬ではわからなかったが、彦四郎が横を向くと左耳が削がれていた。
「額の傷と耳の傷は後ほどお見せします左肩の傷と合わせ、払い遅れた一刀で斬られました」と彦四郎が傷の出来た訳を説明した。

 左手の平の包帯が解かれた。
小指、薬指が途中から無くなり、中指にも傷を残していた。
「この傷は、同士討ちに因るものです」
 そして、袖がめくられ腕の包帯が除かれた。
そこには長さ二寸足らずの傷跡があった。
「この傷は私の一刀を受けた者の乱刃が当たったもので、力なく骨を断ち切られずに済みました」
 こうして先ず、表に出ている、出そうな所の傷・四か所の包帯が解かれた。

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Posted on 2017/01/31 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

この記事に対するコメント

了解です

v-21  v-433

丁寧なご説明ありがとうございます。
スッキリしました v-84

じゅら♪ #ISYg7NL2 | URL
01/31 20:05 | edit

Re: 質問です


乱刃は造語です。刃紋の乱れ刃ではありません。
鬼平犯科帳などを読むと、盗人宿、一人働きなど沢山造語が出てきます。

私の造語の「乱刃」は
斬られた侍が握る刀が制御されずに、
極端に言えば、手を離れた刀が蝶の舞いのように、
予測できない動きをした様を言ったものです。

以前、テーブルのことを「足高の机」と書いたことが在ります。
最終的にはオランダ語のターフルを採用しました。
書いていて表現に困ることがあります。
そんな時に使うことに成るかもしれません



時の釣人 #- | URL
01/31 17:34 | edit

質問です

v-222 v-236 v-237

> この傷は私の一刀を受けた者の乱刃が当たったもので

乱刃 の意味が分からずネットで検索しました。

『濤乱刃』などの刃紋の名称がヒットしますが上の文章では
違う意味のようですね。

簡単に解説していただけませんか。


じゅら♪ #ISYg7NL2 | URL
01/31 16:44 | edit

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