02 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 04

洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カレンダー

【鐘巻兵庫 第96話 鬼の居ぬ間に(その1)】 

 嘉永六年九月七日(1853-10-9)夜明け少し前、兵庫はいつものように目覚めた。明け方に寒さを感じられるようになった先月末頃より雨戸が締め切られるようになり、薄明りも射し込まないため、動く時はぼやっと灯る有明行灯が頼りなのだが、動こうとはせず、誰かが起きた音をたてるか、明け六つの鐘が鳴るのを待って居た。主の早起きは養育所内に住む者にとっては嬉しいものではないからだ。
 ただ、秋の日は釣瓶落としの譬えの通りで、日中が短いため遅寝早起きで働かねば暮らしが立たない者が多く江戸には居たため、それを目当てに商いの暖簾を早く出す店もあった。
 押上の養育所の南側には総間口二十間を二間事に仕切った長屋が建てられていて、十軒店と称し近隣に知られるように成って居た。
その中で早いのが保安方乙次郎の妻・お美代が営む飯屋である。
乙次郎夫妻は亀戸に住んでいて、夜明け前に店を開けるためやって来るが、事前の湯沸かし、飯炊きなどは養育所に寝起きしている者が手伝い、忙しい客を待たせない様にしている。これが、早い・美味い・安いの評判となり繁盛していた。

 養育所が目覚め始めた音が、兵庫の寝床にも聞こえて来た。
むっくりと起き上がると、千丸のために、この月が終わるまでは吊ることになった蚊帳が揺れた。
蚊帳の外に出た兵庫は稽古着に着替えると井戸に行き、千丸の汚れ物を洗い、干すと云ういつもと変わらぬ手順を踏んだが、道場で体の馴らしをすることなく養育所の外に出た。
まだ夜明け前、飯屋は提灯や燭台の明かりを灯し、客を迎い入れていた。
遅れて茶店を常吉が開け始めていた。茶店は常吉の女房・お仙が営んでいるのだが、お仙は朝の忙しい飯屋を手伝って居るのだ。
「常吉さん。向島に行って来ます」
「分かりました」
兵庫が向かった向島には村上茂三郎に任せた屋敷がある。
明け六つの鐘が鳴り終わる頃、屋敷前まで来た兵庫は垣根で囲まれた母屋には入らず、屋敷を手に入れた時、村名主の幸兵衛が屋敷の周りに付けてくれた敷地を見て回った。母屋の裏に家を建てていたからだ。
裏に回ると既に大工修行中の水野粟吉が居た。
「先生、お早うございます」
「粟吉さんも、早いですね」
「先日、こそ泥が入ったのを村上さんが追い払ってくれたのです。それ以来用心のため輪番で泊まって居るのです」
「それはご苦労様です。見た目にはほぼ 出来上がっている様ですが・・・」
「はい、家の方は畳を入れれば終わりで、入居した者に障子貼りをしてもらいます。ただ、風呂場が出来るまではと女や娘が・・・田舎者でしたが町の風呂屋の有難さを知ってしまいましたからね」
「確かに、ここから亀戸まで風呂屋に通うのは大変ですね。特に寒くなると」
「それと、こそ泥の話をしましたが、物騒で女だけでは・・」
「それでは風呂場を急いでください」
「はい、ところで先生、何か御用ですか」
「中之郷元町に屋敷を手に入れました。人が増えましたので侍長屋の修繕をと思い来たのです」
「その話、稲荷の御堂を造りに様子を見に来た彦次郎さんに伺いました。母屋と離れの応急処置をしたと聞いています。湯殿も辰五郎さんの地蔵が出来次第、風呂釜を持ち込み取りかかることに成って居ますので、終わったら、伺います」

 兵庫が押上の養育所に戻ると、大人たちの朝稽古が始まっていた。その稽古を縁台に座り見守る者が居た。北村徳三郎だった。
北村は当主の嫡男・博文が、子が居ないまま横死しため、家名断絶となり、中川彦四郎を頼って昨日、赤坂の屋敷を明け渡し、中之郷元町の屋敷に入った。その引っ越しを兵庫も手伝い顔を互いに知って居たため、目が合うと互いに会釈を交わした。
兵庫が防具を着けるために道具の置いてある自室の縁側に行くと、部屋の中で徳三郎の妻・佐和が志津と話をしていた。

 兵庫が稽古に加わると、稽古の熱気が一気に増していった。
ここには嗜(たしな)みとして剣術を行う者は居ない。皆、命がけの場に立つ時、後れを取らない様にと稽古に集中し真剣なのだ。その集中が途切れる時が近づいた。駒形からやって来た子供たちの声が聞こえて来たのだ。子供たちが防具を着け、母代わりの志津に挨拶を済ませ、道場にやって来るまでの短い時間、大人たちは最後の力を振り絞った。

 ←ボタンを押して頂けると、励みになります

Posted on 2017/03/20 Mon. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

この記事に対するコメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

# | 
03/20 22:05 | edit

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://tokinotsuribito.blog79.fc2.com/tb.php/3080-ac835349
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)