03 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 05

洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カレンダー

【鐘巻兵庫 第97話 前へ(その15)】 

 大助からの問い掛けに兵庫は即答できなかった
その時、箏の音が聞こえて来た。
夕食前、女たちは忙しいからこの時間に箏を弾ける者は限られている。それは妻の志津だった。箏の音が兵庫の時の流れを鎮めた。
それで、明日が十三夜で在ることに気が付いたのだ。
「言うのを忘れるといけないので今、言いましょう。明日はお月見だ。押上に来る時に布団を持って来なさい」
「兄上、明日は十五日では在りませんよ」
「お月見は十五夜ばかりでは無いのです。明日は十三夜の月見です。みんな夕ご飯が待って居ます、待たせて済みませんでした。戻って下さい」

 兵庫は子供たちの姿が見えなくなるまで待ち、大八車を向島に向かって牽き始めた。
植木を届け、戻って来た兵庫が夕食の座に着くのを娘たちが待って居た。
夕食をいつもより遅らせたこともあり、兵庫は速やかに食事を始めようとした。
「待たせて済まなかった。それでは・・・」
「お月見するの?」とお玉が遮った。
男の子たちにした明日の月見の話が、十軒店の女たちから広まって居たのだ。
「旦那様、女は月見の準備も楽しみたいのです。男の子には当日でも良いのですが女の子には早めに言ってあげないと楽しみが半減してしまうのですよ」
兵庫はそういうものかと頷いた。そして、
「お玉、先月十五夜のお月見をしました。明日、十三夜のお月見もしないと縁起が悪いと云う人も居ます。縁起の良し悪しは別にして、綺麗なお月様を見られることを喜びましょう」
「はい、兄上様」
「それでは、頂きます」
「頂きます」

 食後、部屋に戻った兵庫に志津が、
「男の子に十三夜のお月見をする話をするとは思ってもいませんでした」
「それは、甚八郎に言われ私を待って居た大助から“何か在るのか”と意味ありげに尋ねられ、何も無いとは応えるのは、期待して待って居た子供たちに申し訳なく思い、応えに詰まって居たのです。その時。箏の音が聞こえ私の心を埋めていた焦りが消え、立ち止まる余裕が出来たのです。箏、志津、月の連想から明日が十三夜だと云うことに気が付いたのだと思います」
「そう云うことでしたか。ところで旦那様の心を埋めていた焦りとは何でございますか」
「駒形の養育所を引き払ったことで、折角建てた道場を移築することに成りました。その移築で道場が使えない期間だけ子供たちの成長の歩みを遅らせていると思えたのです。ですから、一日でも早く移築を終わらせねばと焦って居たのです」
「焦られた事情は分かりますが、焦られたまま道場を移築するのでは、折角の移築で、子供たちや移築をする大人たちが学べることを減じてしまいます。深川洲崎から来た子供たちは移築を機会に一歩・二歩と前へ歩めることを楽しみにしていますからね」
「なるほど、深川洲崎から来た子供たちが前へ歩めることは理解できますが、浅草組の子供たちは前へ歩めますか」
「何事も一度で身に付かないことは、日々稽古をなさっている旦那様はご存知でしょう。剣術と同じように浅草組は移築での建て直しで、復習し、また深川組を指導する機会も得るでしょう。学而時習之 不亦説乎ですよ」
 二人が話し続けていると、箏の音が聞こえて来た。それは夕方に外で聞いた曲と同じだった。
「あれ? 夕方に箏を弾いていたのは志津ではなかったのですか」
「私でした。今、弾いているのはお玉ですよ。教えた訳でもないのに耳の良さには驚かされます」
  
 ←ボタンを押して頂けると、励みになります

Posted on 2017/04/21 Fri. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

この記事に対するコメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://tokinotsuribito.blog79.fc2.com/tb.php/3112-bb308aca
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)