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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第100話 共喰い(その30)】 

 兵庫は閉め切った部屋に閉じこもり、時の流れて行くのを待った。その間兵庫を相手にしてくれたのは、這い這いを楽しむ倅の千丸だった。
それでも午前中は人の出入りが在ったから良かったのだが、午後は外で遊ぶ子供たちの声や湯殿の羽目板でも張って居るのだろうか、槌打つ音を聞き、見えない風景を目を瞑り思い浮かべるのが暇潰しに出来ることだった。
妻の志津はそうした部屋に閉じこもっている兵庫に付き合う形で居るのだが暇ではない。
千丸に乳を与え寝かしつけると針仕事を始めた。死んだことにした侍五人の剣術道具の前垂が届けられていたのだ。それには持ち主となる者の名札が付いた。
志津は事前に用意しておいた名を書いた紙を前垂れに貼り付けていた。あとはそれを女の子たちに渡せば刺繍を施してくれるのだが、その一つを兵庫に渡し手慰みの刺繍をさせたのだ。そして残りを志津が引き受けた。

 時が流れ、広間では兵庫を除いて夕食が済まされた。
暫くして鍛冶屋の辰五郎が、左胸に鳩尾板と腹回りに小札を取り付け仕上げた鎖帷子を持ってやって来た。
「上出来です。有り難うございました」
辰五郎が去ると、兵庫は甚八郎を部屋に呼んだ。
そして中之郷の屋敷から坂崎新之丞がやって来て、話を始めた。
「これは新門殿に着て帰って貰うため用意した、特製の鎖帷子です」
「新門殿の腕前は知りませんが、孫三郎にはとても太刀打ちできないでしょうね」
「そうですが、長くて軽い竹刀と真剣勝負は違います。私は新門が度胸を生かして向かい合えば、孫三郎に恐れが生じ、伸びきり反面腰が引け強い打ち込みは出来ないのではと思って居ます」
「だとすれば、構えられる前に不意打ちですか」
「そう成りますが、不意打ちが在ることは承知の上ですから・・・」
「助っ人を頼むことは在りませんか」と坂崎が在りそうなことを訪ねて来た。
「私もその事が気に成って居たのですが、もし新門の後を狙って居るのなら、勝負は自力で決めるのが狼たちの約束事だと、常吉が言って居ました」
「なるほど、そうなると一対一での勝負にはこちらも手出しをしないのが、新門のためになりますね」
「・・・・・」
「先生、手助けは新門の面子を潰すことに成るのですか」
「ただ年寄りに若い者が勝負を挑むのはと思うのですが、そのことは、新門が来たら聞きましょう」

 兵庫が折角用意した特製の鎖帷子も無駄になるかも知れないと見て居ると、暮れ六つの鐘が鳴った。
 そして暫くすると、矢五郎の使い弥一がやって来た。
「先生、新門は一人でやって来ます」
「分かりました。一対一の尋常の勝負には手を出さない様に伝えて下さい」
「分かりました。下手な邪魔をしないように伝えます」

 兵庫等が表口で待って居ると、提灯の明かりが暗くなった道をやって来た。
十軒店まで近づき、それが新門辰五郎であることが判った。
辰五郎は無腰だったが、手には鳶口を持ち、その先に提灯を下げていた。
「ぴんぴんしているのに見舞に来ていただき恐縮しています」
「なかなかこちらに伺う用が思いつかず、ご無沙汰していました。奥様からの便りと聞いて年甲斐もなく盛り上がったのに、中身が・・・文句を言いに来たのです」
「立ち話も、危篤の身には辛いのでお上がりください」
「そうでした。文句を言いにではなく、見舞に行くと云って来たのです」

 新門は便りを寄越した志津の案内で部屋に通された。
座に着いた辰五郎に兵庫が、
「今朝目覚めた時はまだ新門殿を疑って居ました。言い訳を言えば、新門殿にしか出来ないと思われることが多かったからです。ただ、一時とはいえ疑ったことをお詫びいたします」と兵庫が頭を下げると、部屋に居た者たちも頭を下げた。
「謝らねばならないのは私です。四本柱で中之郷に伺いました時、勝五郎の何気ない問い掛けに、不用意にも多くの者がいる前で応えてしまったことです。私が連れて来た者の中に孫三郎と繫がれる者が居ました。孫三郎の云う事をわしが行ったことの様に動く者は多いのです。金を持ち出すことも容易です。鐘巻さんが私を疑ったのは仕方のないことでした」

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Posted on 2017/09/12 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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09/12 05:42 | edit

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