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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第102話 ほとぼり(その15)】 

 蕎麦打ち、だし汁作りには新門子飼いの三郎が手伝いを買って出た。
台所の竈付近には、自身番の火の見櫓に上り、見張りを交代した若い者がやって来て冷えた身体を温めていた。
打ちあがった蕎麦を切る音、大釜では湯気出す汁の得もいえぬ香りが漂い始めた。
その匂いが届いたのだろう。
「いつじゃんが鳴るかわからねぇ。出かける者たちから食わせろ」と新門の声だった。
 遠慮をする必要が無くなった男たちが温まるため、腹を満たすため台所へと集まり、冷えた手を温めるように丼を持ち、熱い梅雨に息を吹きかけ蕎麦をすすり、凍えていた頬を笑いに変えていった。火の見番を交代した者がやって来て、火消したちは蕎麦を啜り終えた。

 新門や子飼いの居残り組と助っ人に来た兵庫等も啜り終えた。
「一杯では体に悪い。常吉さんもう一杯分、皆のために頼みます」
「構いませんよ、夜が明けるまで打ちますよ。蕎麦打ちは寒い日に限りますね」
「確かに寒いが、ひとまず火の方は落としてくれ。わしは小便を・・」と立ち上がった時“じゃん”が鳴った。
「何処の辺りか聞いてこい」新門が怒鳴った。
間を置かず男が飛び込んできて
「火元は、吉原の妓楼の辺です」
「近いな、遅れるな!」
あとは火消の本能が体を動かせた。
纏、鳶口、掛矢などを手に手に会所を飛び出していった。
「寿三郎も考えやがったな」
「相手は寿三郎さんですか。何人ぐらいで来ますか」
「多くても二十人は超えないよ」
「そんなに来たら目立ちますね」
「目立つかもしれないが、火消装束なら木戸は何の障害にもならない。勿論手に鳶口を持っていてもな」
「碁四郎さん、彦四郎さんは中を、私と近藤さんと常吉さんは外に潜み挟み撃ちにしましょう。三郎さんらは辰五郎殿の周りを固めて下さい。深手は負わさぬように」
「寿三郎は南から来ると思いますので潜むのなら、逃げ道を塞ぐように南の自身番に潜んだら如何ですか」
「そうします」と兵庫、近藤、常吉は外へ出て行った。

 南の木戸を通り火消の一団がやって来た。自身番は開け放たれており目の前を一団が通り過ぎると、その後を兵庫等が追った。
案の定火消の一団の速度が遅くなり、“を組”の会所の前で止まり、先頭が押し込んでいった。
悲鳴が起こり、押し返された者と入ろうとする者がぶつかり、戸口付近で転び、そこを更に打撃を受け、侵入した六人が地に伏した。
これで押し込みの流れが止まった。
 間を置かず押し込みの背後から悲鳴が上がった兵庫、常吉、近藤が自身番で借りた六尺棒が男たちの脛を打ち、振り返った腹に突きを受けるなどされ倒された。
前後を倒された仲間に塞がれ進退に窮した者が立ちすくんだ。
「寿三郎さんは居ますか」と兵庫が勢いを失った男たちに尋ねた」
兵庫を見ていた男たちの目が会所の方に向けられた。
「どうやらこの方のようです。一人だけ脇差を・・・」と会所の土間に突っ伏している男に碁四郎が親譲りの鉄扇を向けた。
「先頭を切って踏み込むとは立派なものですが、残念なことです」
「血の気の多い者が戻らぬうちに、火消道具は置き、寿三郎を連れて帰りなさい」と出て来た新門辰五郎が云った。
これを聞いて倒れて居た者たちが起き上がったが、一人寿三郎は手を借り、肩を借り、来た道を戻っていった。
「先生方、大きな騒ぎに成らずに済みました。有り難うございました」
「その騒ぎにしなかったのは辰五郎殿の忍耐でございます」 
「忍耐は容易なこと。奥様の胸騒ぎと先生方のお力を頂かなければ、私は今、ここに居なかったでしょう。実はもう少し生きて居たかったのです。それが叶ったことにお礼を申し上げます」
「もう少しと云わずに、長生きして下さい。嫌なことも多いでしょうが、そこは忍耐で」
「はははは、やられましたな。お言葉に甘えて殺されるまで長生きさせて貰います」
「こちらにも都合が在るので、そう簡単には殺されない様に心がけますよ」
「鐘巻様、山中様、お二人とは腐れ縁ですが、誰よりも信用できるお方に出会えたことは幸運でした」
「こちらにとっても幸運でした」
「きりが在りませんね。止めましょう。半鐘も長く打たれませんでしたので火消に出かけた者たちが戻って来ます。少しでも暖かくし待ちましょう」
風が吹き込まない様に外しておいた襖や障子が入れられ、火鉢に火が入れられた。そして蕎麦を出す用意が始められた。

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Posted on 2017/11/13 Mon. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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