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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第109話 肥し(その24)】 

 帳場での話題が調度屋から急速に増えた養育所で働く者たちに及び始めていた。
その増えた者たちの元の所属が東都組、繁蔵一家、久蔵一家と敵対するやくざ者たちであることは互いに知っている。それらが同じ釜の飯を食い、与えられた役割によっては助け合って居る。
「養育所とは不思議会所だな。誰一人として世の中でまともな者としては扱われない過去がある。ここに居ると人間は本来善人なのだと判るよ」と内藤が云い切った。
そこに、戸が開き冷たい風と共に碁四郎が入って来た。
「お揃いですね。くしゃみが出ませんでしたので私は蚊帳の外でしたか」
「養育所にはまともな者は一人も居ないと云う話でした。そもそも今は冬です。蚊帳など張って居ませんので仲間はずれにはしませんよ。それどころか、碁四郎さんの折り畳み式文机を売ったらの一声が話の発端です」
「それでどう成りましたか」
「具体的なことは碁四郎さんも入れて決めることにし、取り敢えず商いは始めることにし、店はここにすることにしました。かさ張る者が相手なので裏庭に以前在った道場のような多目的な物を建てることも考えることにしました」
「それでは、注文を取って来ましたので頼みます。高田寺の雲海和尚から折り畳み式文机を十台です。白木に椿油拭きの注文です」
「売値も決まって居ないのに、雲海和尚は太っ腹ですね」
「“花八層倍,薬九層倍,お寺の坊主は丸儲け”と云うでしょう。気にせずに吹っ掛けて下さい。和尚の狙いは、寺子屋を始めるようです。それで檀家が増えれば元は取れると云う読みのようです」
「その読み、当たって貰いたいですね。労せずして養育所を増やすのと同じ効果が在りますからね」
「私は浮橋に戻ります。明日はお玉たちを迎い入れるために薬研堀で待って居ます」
最後に来た碁四郎が最初に出て行くことで、兵庫も腰を上げた。

 押上に戻る兵庫は、その途中、中之郷元町の養育所に寄った。
門内に入ると、案の定彦次郎の姿が出来損ないの侍長屋に在った。
この屋敷はさる旗本の抱え屋敷だったが、異国船来航で怠っていた戦備えを急遽するために金貸しから金を借りたが、返済に行きつまり手放したものだった。屋敷のいたるところに手抜きが在った。
「先生、御用ですか」
「はい、折り畳み式文机の注文が高田寺の和尚から十台、仕立ては白木に椿油拭きだそうです。同じものを販売見本にするためにもう一台お願いします」
「分かりました」

 この後、兵庫は屋敷の留守居役・中川彦四郎を訪ねていた。
この数日間の動きを伝えるためだった。
「新しく来た子供たち、飢えていたのは食だけではなかったことがよく分かりました。今は文字をむさぼるように読んでいます。押上の奥様から届けられたカルタの読み札が子供たちに一枚ずつ渡され、読めるようになると新しい札と交換してもらうために婆さんの所に来る。婆さんも読み方を教えたり、意味を教えたりできて、喜んでいます」
「飢えていることを吸収しようとしている子供たちは成長を望んでいるからです。その望みが途切れないように成長を助ける肥しとなる声を掛けてあげて下さい」
「私もここに来ることで、成長させて頂きました。お陰で死に損なったことに対して人を恨むことは無くなりました。そりゃそうでしょう。鐘巻先生は自分を襲った者まで面倒を見ているのを見せられたんですからね」
「言われてみると確かに人を斬らなくなりました。これは子供たちのお陰ですね。子供たちを育てて居ると思って居たら、育てられた反面も有ったと云う事ですね」
「子供たちの目で見られたら、悪党に対しても優しい目で向き合わねばならなくなりますからね」
兵庫も彦四郎も奉行所側に立って悪党と向き合ってきたが、弱い子供たちと暮らすことで、目の前に現れる悪党の中にも弱い子供たちと共通するものが有ることを感じた。
兵庫は悪党に向かい立つ時に敵意を持たずにし、屈服させた後に雇う話までして迎い入れた。
今、元悪党は頼もしい助っ人に成ろうとしていた。

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Posted on 2018/05/29 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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