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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第110話 お蔭参り(その5)】 

 墓は円通寺に十一基在る。
額賀と連座で仕置きされた幼い二人の子で額賀一家が三基。額賀の手下の侍が四人と小者が四人で八基、合わせて十一基である。
ただ、一家は水戸下屋敷内で斬首されたが、他の八人は向島の廃屋で額賀により殺害された。
額賀が仲間を皆殺しにしたのは、訳が在った。
崇高な目的とは別に手段が悪かった。額賀は事が不首尾と成った時、手段の不名誉を一身に引き受け生き残り、生き恥を晒し仕置きされることで、仲間の家の名誉をかろうじて守ったのだ。
 八人が死んだ廃屋が後に、養育所の拡張を迫られていた兵庫が貰い受け養育所とする時に表鬼門に稲荷を建て、裏鬼門には地蔵を座らせたのだ。

「内藤さん、山中さんが来たら墓参の件を告げ、こちらでは浮浪の子供探しをし、その子供たちは入谷に入れるように伝えて下さい」
「分かりました」
「それと、明日、朝食後、子供たちに押上に向かう様にさせてください。墓参りのことを周知させます。その時、いまお願いしたことも子供たちに、私の方からも伝えます」

 兵庫は内藤と話したことを伝えるため、先ず中之郷元町の養育所に立ち寄った。
留守居役の中川彦四郎に先ず各養育所の役割を話して聞かせた。
「こちらでの子供たちの役目は何でしょうか」彦四郎が確かめてきた。
「二十八日の命日前まで円通寺の清掃を子供たちにさせて欲しいのですが、その前に子供たち、保安方の天道さんの他に、先日品川に出向き働いて貰った勘三郎さんと富五郎さんを伴い円通寺に行き浮雲和尚に、墓参りの段取りなどを伝える挨拶してきて下さい」
「分かりました。怪我がほぼ治っている勘三郎と富五郎を見たら坊主修行中の久蔵さんも喜ぶでしょう」
兵庫は頷き返しながら、
「私の方からは、子供たち全員に何故墓参りするのかを教えるので明日の朝食後に押上に寄越すようにして下さい」
「分かりました」

 向島の養育所に入った兵庫は村上茂三郎に中之郷で中川に話したこととほぼ同様な話をしたうえで、向島の子供たちには稲荷と地蔵の御参りが出来るように掃除と、お供えをするようにたのんだ。その上でお参りの日取りは二十二日の午後を予定していることを告げた。
「二十二日ですか。それは、ここで起きた事件の日ですか」
「はい、私の日記ではそのように書かれて居ました」
「取り敢えず百人ほどがこちらに来ると云う事で支度をしておきます」
「お願い致します」

 押上に戻る途中、昼飯を食べに走る、平田に先導され戻る子供たちとすれ違った。
「先生、何か在りましたか」
「話が長くなるので、村上さんから聞いて下さい」
「分かりました」
ほんのわずかの間の停滞が解かれると兵庫は押上に向かって歩き、子供たちは昼飯の待つ向島へと駆け去っていった。

 何とか昼食に間に合った兵庫は、大勢の女の子と食事を済ませ、部屋に戻った。
兵庫は楽な着流しに着替え直し、落ち着く様子を見せた。
「どの様な話が有ったのか聞かせて下さい」と志津が、千丸を兵庫に抱かせて聞いて来た。
千丸と遊んでくれたお玉と鈴と多美が薬研堀の子供預かり所に移ってしまったため、志津は千丸の世話で、ほとんど何も出来ない状態だった。
しかし、その千丸を兵庫に預けた志津は何か仕事をする様子を見せず、兵庫に話しをねだった。
「古今の書は、衝立ではなく額に仕立てて貰う事にしました。他に販売用の軸などを造る話も出ました。それは書と画を同居させたもので、北村さんから何か話が持ち込まれると思います。それとは別に手習いの手本に出来るように短冊も用意したらと思いますが」
「分かりました一人に一枚ずつ渡せるようにします」

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Posted on 2018/06/13 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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