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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第110話 お蔭参り(その8)】 

 押上を出た子供たちは暫くして、向島の養育所、中之郷元町の養育所そして駒形の養育所に入った。
向島の養育所にいち早く戻った村上は、改めて子供たちや新任の保安方の平田実深に母屋の裏鬼門に在る地蔵と鬼門に在る稲荷を案内してから、表の道に戻り
「二十二日には、今日、押上に集まった以上の方々がお参りに来ます。地蔵様やお稲荷さんの回りだけ綺麗にしても駄目です。いま、押上から歩いて来た道の普請からすることにします。道普請は北十間川の向島側から始め、養育所の前まで歩きやすくして下さい。道具は在りますが足らなければ、押上で借りて下さい。平田さん指揮を執って下さい」
「任せて下さい」
「それと砂利を稲荷の参道に敷きますので、河原に行き集め洗って来て下さい。ここに居る者の他に、都合の付く者たちにも手伝って貰いますので頑張って下さい」

 そして中之郷元町に戻った彦四郎は子供たちの他に手の空いて居る者を広間に集めた。
中之郷の養育所は他の養育所と少し違う点がある。
それは、届け出ている子供たちが十八人に対し、それ以外の者が二十五人と多い点である。
「先ほど押上で請け負った中之郷養育所の役割を話しますので、余裕のある大人も手伝うようにお願いします。役割を言う前にその背景を話します。養育所は鐘巻殿、山中殿、内藤殿も御三方が奉行所に願い出て設立されたことは事実ですが、その陰に養育所の事とその準備金を残し、刑に服し亡くなった者たちが居たと云う事です。今回の役割は無くなった方々十一人の墓参りに養育所の子供たちが向島の円通寺へ二十九日に参ります。その前に円通寺の清掃を行う事です。これだけなら大したことは無いような気がしますが、鐘巻さんは私に円通寺の浮雲和尚に挨拶に勘三郎さんや富五郎さんを連れて行けと言われた。円通寺には久蔵さんと繁蔵さんが坊主修行して居るので、怪我をしたお二人が元気になった様子を見せるつもりかと思い話しましたが、鐘巻さんは“そうでしたね”とこちらの思いとは違って居た。鐘巻さんの意図が何か他に在るような気がするので、これから円通寺に参りますので、都合の付き方は同道して下さい」
「足手まといに成るかもしれませんが、私もお供させて頂けませんか」
北村の妻・佐和が願い出た。
「北村の奥様、途中の向島の畦道は四つ足の牛馬でも歩きづらいですよ」と仁吉が暗に同道を止めようとした」
「それだ」と中川矢五郎が声を上げた。
皆が矢五郎を見た。
「皆よく聞け、養育所とは言うが、養育所全体では子供たちより世話になる大人の方が多いのだ。我が家は五人も居る。養育所が出来ることを願い死んでいった者たちの墓参りを子供たちだけで済ませ、大人や年寄りは足が悪いからと取りやめる訳にはいかぬ。ここにも、押上にも年寄りは居る。またお身内の墓参りの邪魔にならぬよう考え、養育所の墓参を一日遅らせたことを考えるとお身内のことも考えて置く必要がある。彦四郎、寺に行ったら和尚に亡くなった者たちの身内のことを尋ねて、養育所で出来ることが在れば用意しておかねばならぬぞ」
「分かりました。これより寺に行きます。北村様も支度を・・」
暫くして中之郷元町養育所内の老若男女が屋敷を出て行った。その中にはこの時はと普段出かけることが出来ない彦四郎の妻・雅代が赤子の百丸を抱いた姿もあった。

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Posted on 2018/06/16 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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06/16 04:42 | edit

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