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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第110話 お蔭参り(その10)】 

 庫裏(くり)の浮雲の部屋に入った彦四郎は先ず、兵庫から言われたことを告げた。
「なるほど皆さんの墓参りは命日の翌日ですか、百人を上回る方々がお参りするとなると、良い判断でしょう。お身内が参られ、経を上げることに成って居ますから」
「それでここに来るまでに気が付いたことですが、寺の中は特に整える必要は無いようですが、外の道は荒れて居ました。道は普請しようと思いますが、お身内が寺に参られる道が判りますか」
「国から来られる方は前日に旅籠に泊るそうですから、吾妻橋を渡って来るでしょう。案内はお屋敷の方がすると聞いて居ます」
「御参りの時刻は?」
「国へ戻る都合もあるので朝五つ(八時)には始める予定です」
「何人ぐらい来るか、分かりますか」
「金も掛かることです。一家一人の九人だと思って居ます。他に下屋敷から数人程度と思って居ます」
「それでは、昼の弁当をこちらに届けますのでお配り下さい」
「直接渡せば良いのでは・・・」
「それは出来ません。鐘巻には後悔の念もあります。無形のものだけを施すだけにしたいのです。弁当は名は云えぬが下屋敷からの届け物と伝えて下さい」
「そうか、表に出ると色々と分かってしまうからな。聞かれたらそう応えておくよ」
「寺の外を普請しますので、寺の中はお願いします」
「分かった。頼みます」

 こうして各養育所はそれぞれの役割を果たすために動き始めた。
その動きは押上で倅・千丸の世話をする兵庫の元に報告されたため、現場は見ていないにも関わらず全体の進捗を兵庫が一番よく把握することになった。
そして十九日、二十日、二十一日と過ぎ、向島養育所の地蔵、稲荷参りの二十二日になった。
稲荷、地蔵参りは各養育所から直接行くことに成って居た。と云うより集合場所を向島養育所にしたと云う方が正しいかもしれない。
他に当初の段取りを変えた所もあった。
それは、遠方から来るものについては二十九日の墓参りの際に向島のお参りも行う段取りにしたため、草加宿坂崎道場に居るお松とお竹と八丁堀鐘巻家に預けてある巳之吉等はこの日は来ないことになった。
しかし、深川の涛屋に居る音吉、佐助、梅次郎 松助は四人で、薬研堀のお玉と鈴、多美の三人は碁四郎に伴われ、やって来ることになっていた。

 朝食後、女たちはこの日とばかりに支度に時間を掛けた。
今日のお参りは墓参りとは違い、地味にならなくても良いことにしたからだ。
そして地蔵や稲荷に手を合わせる時に一つのお願いをしなさいと言ってあった。
数人の男の留守番を残して押上を出たが、女たちは急ぐこともせず、道普請され歩きやすくなった道をのんびりと歩き、向島の養育所までやってきた。
「遅れてすみません。皆揃って居ますか」
「山中先生が未だです」
兵庫の問い掛けに、村上茂三郎が応えた。
「いや、やって来る姿が見えますよ」先についてたむろして居る中から声が上がった。
「それでしたら、待ちましょう」
 多美を抱く碁四郎、お玉と鈴そして猪瀬阿佐がやって来た。
「遅れて申し訳ありません」と阿佐が詫びた。
「私たちも今来た所ですよ。皆さん、地蔵前に居ては道が塞がってしまいますので一旦中の広場に入って下さい」
 中の広場と云っても幅は二間半で奥行が新しく建てた長屋まで約二十間と細長い空き地である。
「皆さん、これよりお参りをしますが、その前に、道普請をして頂きました向島養育所の皆さん、ご苦労様でした。円通寺への道もやられているようですので手伝って下さい。それではお参りを始めますので、村上さん、お供え物の支度をして下さい」
村上が出て行った。

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Posted on 2018/06/18 Mon. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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