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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第110話 お蔭参り(その25)】 

 駕籠に従う者は成田屋に居た全員だった。
ただ兵庫は途中聖天町で分かれ、乙女が与兵衛から預かる仕舞屋(しもたや)まで来た。
閉じられていた引き戸を開け、暗い中に向かって
「鐘巻です」と奥にも届く声を掛けた。
直ぐに奥から灯りを持った女の群れがやって来た。
「鐘巻様だ。大丈夫だよ」と、聞いたことの在る乙女の声だった。
「人が居る割にはぬくもりが感じられませんね。夕食に温かい物を食べましたか」
「・・・・」
「乙女さん、台所を見せて貰えますか」
「どうぞ」
 台所と土間にはそれらしき物は揃っていたが使った様子がない。
「乙女さん、賄いをしたことが在りますか」
「下手ですけど出来ますが、永らく一人住まいだったので外で食べるか、仕出し屋から買って来たお弁当を食べています」
「あの隅に置かれている折りがそうですか」
「乙女が頷いた」
「五人分は在りませんね」
乙女がうな垂れた。
「事情が在るのでしょから咎めません。これからは困ったことがおきたら遠慮なく駒形の内藤さんに知らせ、手助けをして貰いなさい。と云うのは、竜泉寺町の成田屋与兵衛が姿を消しました。もう乙女さんの後ろ盾は居ませんので、自立して生きて行かねばなりません。その支援を受けなければなりませんが、その前に乙女さんを除く皆さんの名前を教えて下さい」
「サザエです。カツオ、ワカメ、タラのこと有り難うございました」
「アマモです」「アラメです」と幼い子が名乗った。
「珊瑚で御座います。宜しくお願い申し上げます」
「私は用が有り、これから入谷の竜三郎さんの飯屋に行きますので、腹ごしらえに皆さんも一緒に行きましょう」
 
 火の始末、戸締りを済ませた乙女が裏から表に回って来た。
「私が先頭を歩きますので、次は子供、その後ろに大人が歩いて下さい。これが養育所のやり方です」
こうして何事もなく、戸口の腰高障子に“めし”の二文字が読める竜三郎の店までやって来た。
「あの店ですが、未だ混雑して居ると思うので裏に回ります」

 裏から入った兵庫以下六人を迎えたのはほのかに漂う旨そうな香りだった。
裏庭を通り、勝手口を開けると、ぬくもりが顔を包んだ。
台所の土間に次々に入って来る者を見ていたカツオ、ワカメ、タラたちがサザエを見て
「姉ちゃん」と声を上げた。
聖天町でも互いに顔を合わせる程度の再会を果たし、分かれた四人が今度は触れ合う再開を果たした。
それは一緒にやって来たアマモやアラメの心を乱したようだった。
それに気付いた兵庫が
「仲間たちを迎えに行きたいのなら手助けをします。まず夕食を食べ、元気を取り戻しなさい」と投げかけた。
二人は頷いた。

 竜三郎の店は飯屋だが酒を出さない。だから客は長居をしない。
と云うより、酒を飲む客は端(はな)から来ない。だから来客は五つごろには途絶える。
その時刻まで少し間があった。
食事を終えた所で、
「聖天町に戻りたかったら、先ずここで賄いの修行をしなさい。そして裁縫を習えば、働き者の旦那が見つけてくれますよ」
「鐘巻様もあの奥様を料理と裁縫の腕前を見て選んだのですか」と美人の志津に先日あった乙女が聞いた。
「正直言うと裁縫の腕前を知ったのは後のことですが、料理の腕前は一緒になる前に知りました」
「ここの料理も養育所の料理もみな母上様から教えられたのですよ」
と、千夏が付け加えた。
「しかし、噂では鐘巻先生が奥さんを見つけたのではなく、奥様が先生を見つけて押し掛けたそうですよ」と、裏話を竜三郎の妻・おときがした。

 暫くして帳場に座っていた竜三郎が、膳を持って戻って来て、
「客は皆帰ったぞ。あと何人分残っている」
「今日は余り残って居ません」と小夜が応えた。

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Posted on 2018/07/03 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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